雲仙・長崎旅行 [その1] 撮影:1985年12月30日〜31日
小学校時代最後の旅行となったのが、この、雲仙・長崎旅行でした。時にわたくし12歳。昭和61年の正月を、長崎県で過ごしたのでした。この写真は長崎大村空港から、雲仙へ向かうバスに乗ろうとするところです。バスに関心のある人なら「おぉ!」と思うような、何とも懐かしいスタイルですね。この時点で既に14〜15年ぐらい走っているという、ベテラン車両でした。ご覧のとおり悪天候で、そのため飛行機に乗っている時点では、「福岡空港に臨時着陸するかも知れない」というアナウンスが流れていました。


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バスの横でもう一枚。リベットの多いモノコック仕様の車体は、今ではもうほとんど見られなくなっています。ことに70年代前半に誕生した車両となると、現存しません。扉の横に掛けられているサボも懐かしいですね。今だともう、ほとんどはLEDによる表示で、字幕式も少なくなりつつありますから。雲仙までは、かなりの長旅だったと記憶しています。


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こちらが雲仙で泊まった、雲仙観光ホテルです。何ともクラシックな老舗ホテルで、建物の竣工は1935(昭和10)年、私が訪れた時点で丁度半世紀を経過しており、2010年時点でも建物は現存しています。ホテルの一角のみを撮影すると、まるでヨーロッパの山村を思わせるような風景に映ります。空港から移動してくるバスもクラシカルでしたが(笑)、ホテルも本格派のクラシカルです。


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ホテルのロビーにて。中も極めて重厚な造りで、映画やドラマに出てくる、政府の要人が集う屋敷みたいです。現在でも内装はこのままです。いかめしい木の香りが何とも言えませんね。こういう建物は、外観はそのままでも、内装は今風に改装されている物が多々見られます。このホテルは、いつまでもこのインテリアであって欲しいですね。


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さて、旅行の第一目的地、雲仙です。写っている私の背後に立ち昇るは硫黄です。私はこの時が硫黄の匂いの初体験だったと思うのですが、そら凄まじい匂いでしたワ(笑)。子どもにはちょっと刺激が強過ぎましたかな???この景色は今でもよく憶えていますねぇ。地面からブクブクと温泉が沸き上がり、いかにも地中で何かが活動しているのだと感じ入りました。ある種不気味さというか、脅威も覚えた様な気がしますが、これより6年後でしたねぇ。雲仙普賢岳が噴火して、一大事になったのは・・・・・。


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上の写真を撮ってほんの数秒後の撮影だったと思うのですが、流れの速い硫黄風≠ノたちまち飲み込まれてしまいまして、私が幽霊のごとき写りになっております。顔は笑っているんですけどね(笑)。それにしても、先ほども書きましたがすごい匂いでしたね。のちに箱根の大涌谷でも硫黄の匂いを満喫する事がありましたが、その時もやはりこの雲仙を思い出しましたね。なかなか強烈な体験でしたから。


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地元のおばちゃん(?)が何かやっていますね。辺り一面、硫黄に囲まれてよく見えないですが、もしかしたら温泉たまごを作っているのでしょうか?私もこの後、いつの間にか温泉たまごを手にしています。実はこのおばちゃんにもらっていたりして(笑)。


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硫黄の立ち込める生々しい現場。私の中では、今でも雲仙=硫黄ですね。休みなく地面から湧き出る温泉を見ていると、自然の迫力が肌身で感じられましたね。12歳、活火山地帯初訪問の私にとっては、鮮烈な体験でした。そして、至る所に転がる墨色の石とか、恐らく過去の噴火の名残りであろう、形が不自然に湾曲した岩を見ていると、自然の容赦ない“攻撃”の強さが伝わってくるようで、少しゾッとしてきました。何よりも普段都会では実感する事の出来ない、『地面の下では地球が生きていて活動をしている』という事実を、つくづく思い知らされるのでした。


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雲仙最後のスナップはこの2枚から。上は『雲仙温泉のご案内』の立て看板と共に撮影です。生きている内にもう一度、ここを訪れてみたいですね。そして、この時はじっくり温泉に浸かったかどうか憶えていないのですが、今度行く機会があったら、先ずは温泉に浸かりたいと思います。下の写真は父親との一枚。で、私の手には温泉たまごが握られていますね。この後、ここで食べたのでしょうかね?真冬の旅行ですが、親父、涼しげな顔をしていますね(笑)。


ところで、亡き父の写真を載せる時、私は敢えて顔にぼかしやモザイクなどの処理を加えず、そのまま顔を公開していますが、これは私なりのこだわりで、そうしています。別に『死人に肖像権なし』と思っている訳では無いのですが(結果的にそう言っている様に映るかも知れませんが)、父はもう亡くなっているので、自ら新しい人と出会う事は出来ません。だから私がネット上で姿を蘇らせる事によって、父と人との新しい出会いが、今後も継続する様にしていきたいのです。この世で会えないのに写真でも顔を消してしまうと、それは肖像権を守っているというより、故人を思い出す事を拒否している様に思えてしまいます。もちろん、故人のタイプにもよりますが、父は生前、自らどんどん新しい人に話しかけ、友達を作ろうとするタイプの人で、私とは真逆でした。また、写真に写ることも好み、結構自分で自分を『イケている』とプチアピール≠キる(冗談半分でね)傾向があったのです。よって、もし父が生きていれば、本人は顔を消される事を望まないだろうという確信が私にはあり、結果そのまま公開しています。


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これは長崎旅行2日目の朝です。ホテルの前で撮影しました。後方に、先ほどのクラシックな建物が見えますね。こうして見ると、長崎観光ホテルは、前の道路からかなり奥に入ったところにあるのが分かります。そして正門から建物までの道も、高級西洋館≠轤オく整備されています。このあたり、こだわりが素晴らしいですね。こんな、アンポンタンな少年は、この門の前では似合わない?!


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前日から一転、好天に恵まれたこの日は、ホテルの前からバスに乗り、島原駅に向かいました。写真は丁度そのバスが来たところですが、これもまた懐かしい、三菱名自の、かつて一世を風靡したスタイルです。この面構え、私は大変好きでしたね。もう一度乗りたいものです。そしてこのページ最初の写真とこれと、どちらも長崎県営バスです。控えめな紺色に、淡い銀ねず調のこの塗装が何とも落ち着きがあって、気に入っていました。今では塗装は大きく変わっていますね。好みは人それぞれですが、私は全般的に、昭和時代のバスカラーの方が、センスがあった様に感じます。まあ、抑えた色調が好きな私の、独断と偏見なのでしょうが・・・・・。


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上のバスの車窓から撮影した一枚。島原半島から望む東シナ海です。田畑と大海原のアンサンブル、きれいな風景ですね。地方ならではの車窓風景だと思います。


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島原駅に到着しました。私のすぐ後ろに『島鉄バスのりば』と書かれたバス停がありますが、その後ろの建物は、島原鉄道の島原駅です。これまた古い小屋のような、前の道も狭いという建物ですが、現在では大きく造りかえられ、駅前も広く整備されて様相が一変しています。この駅舎(旧駅舎)では、縦書きで『島原驛(駅が旧字)』で書かれています。のちほど、ここから島原鉄道に乗りました。


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島原の観光スポットとしてはつとに有名な、武家屋敷通りを訪ねました。通りの真ん中に、中央分離帯ならぬ中央分離水路があるこの風景は、現在も変わっていません。ちなみに、水路を流れているのは湧き水で、清流です。時代劇のショットとして大変似合いそうですよね。両側の石垣塀が、いかにも歴史を物語っている感じがします。かやぶきの武家屋敷も残存しているとか。当時私は歴史に興味が無かったですが、もう一度行く機会があったら、この様な、往時の原型を留める貴重な歴史遺産を、見学してみたいですね。


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島原城の天守閣です。先ほどの駅からもよく見えており、この日は晴天にも恵まれたので素晴らしい白壁(城壁)の映えた姿を撮れました。午後の日差しに映える白壁が見事ですね。島原城は、元々は1624年に築城されたのですが、現在見られるものは、1964(昭和39)年に復元されたもので、この時点でまだ筑後21年しか経っていませんでした。どおりで新しく見えたのですね。この天守閣に登ったのかどうかは、よく憶えていません。写真が一枚も無いところを見ると、中には入らなかったのかも知れませんね。日本の100名城の一つにも数えられています。


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ドアップで私が写るこの場所は、島原鉄道の車内です。先ほどの島原駅から、次の目的地長崎市に向かうため、国鉄(現JR)との乗り換え駅である諫早まで乗りました。この当時、島原鉄道は加津佐まで路線があり、この列車も加津佐発でした。そして車両は、当時はまだ全国で見られたスタイルの、キハ20形で、正面にヒゲの形をした三本線が入る、いわゆるヒゲの20形でした。私が乗車したこの車両はキハ2003で、自社発注車両でした。


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終点(島原鉄道としては起点)諫早駅です。向かって右側に止まっている2色塗りのディーゼルカーが島原鉄道キハ2003ですが、せっかく初めて乗ったのだから、もっと間近で、アップで撮れば良かったですね。つくづくもったいない事をしましたが、こういう撮り損じ(肝心の被写体をアップで写していない)は、アナログカメラ時代は大変多く見られていました。かつて島原鉄道といえばこのキハ20(キハ2000形とも呼ばれていた)ですが、2008年3月に加津佐−島原外港が廃止されたのに伴い、全車引退しました。


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