豊中市上野西、村町下池

私の実家からほど近い、豊中市上野西、ロマンチック街道と中央環状線が交差する曲がり角に、昔から変わらぬ溜め池があります。その名は村町下池。思えば不思議なもので、いつ埋め立てられて宅地化されてもおかしくはなかったところ、何故か2010年が過ぎた現在でも原形をとどめて残っています。何か意図があっての事なのか、たまたま偶然なのか、それは地元民の私にも分かりません。
ただ、厳密にいうと、元々の村町下池は、もっと北側(下画像の右方向)に広がる大きな池でした。それが、中国自動車道の建設に伴い、埋め立てられ、南半分だけが残っているのです。
かつてはこの交差点の斜向かいにあたる羽鷹池の周辺も、雑然とした自然の宝庫だったのですが、今では面影が無くなりました。元の景色(原風景)だった頃、写真に記録しておかなかった事を、今の景色(現風景)を見ながら悔やんでいるところです。翻ってこの池の周囲だけは、本当にタイムカプセルのごとく昔からの景色が残る、或る意味不思議なスポットです。この雑然さが、いつまでも残っていてほしいですね。

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昭和40年代から変わらぬ、うっそうと緑が生い茂った風景。開発から取り残された感じの、一スポットです。
 
上の画像を、少し角度を変えて撮影。この撮影地点の後方には、豊中救急医療センターがあり、医療センターが建つ以前は、そこに村町上池がありました。上池は1975年頃に消えたのですが、下池は半分が生き残っています。
 
村町池です。右側で延びる道路は中国自動車道で、橋桁は大阪モノレールです。丁度モノレールの、少路−柴原間の沿線にあたります。池が非常に細長いのは、向かって右側半分(いや、現在の細さを見るとそれ以上か?)が埋められたためです。右手の高速道路の地点まで、かつては池だった分けですね。
 
池の様子をじっくり捕えたつもりですが、光が入り過ぎて画像が白くなってしまいました(汗)。
 
池と進入禁止のフェンスと。かつてはこのフェンスに、「魚釣禁止」と大きく書かれた看板が、何枚も張られていました。そのくらい、当時のこの池には魚がいたという事なのでしょうが(実際、釣っている人も見た)、今は果たして、いるのでしょうかね?
 
村町池を向こう側から撮ったものです。ご覧のフェンスは、現在は撮影当時よりもさらに池に向かってグワンと傾いており、手前(歩道脇)の柵との間に補強棒が取り付けられています。
 
池の周囲で生い茂る木々。今の都市近郊にあっては貴重な風景です。
 
池の西側は空き地が残っていますが、「魚釣禁止」の看板、まだありました。もう随分色褪せていますね。
 
空き地全景です。画面右端に、少し地面が窪んでいる所がありますね。一旦斜面を下ってまたすぐ上ると、その向こう側は道になっています。この斜面部分で、ダンボールを敷いて滑る遊びを、子どもの頃、何度かやった記憶があります。
 
最後は池の横から少路方面を眺めた一枚。左の奥にモノレールの軌道が見えます。前方が少路駅で、その次が千里中央ですね。そして池の向こう側、ちょうど木で半分隠れている白い建物が、かつての村町上池の跡地に建てられた、豊中救急医療センターです。






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