宇部・小野田→熊本旅行 [その1] 撮影:1997年3月1日
全ての写真の右側に解説文があります。 1997年3月初旬、山口県の宇部・小野田、そして初めて熊本県を訪ねる旅行に行きました。写真は、JR山陽本線と宇部線の宇部駅です。白が基調の、なかなかモダンな雰囲気の駅舎だと感じました。そして撮影時点では気が付いていなかったのですが、右のほうに、『緑と花と彫刻のまち』と書かれています。宇部は彫刻が盛んだったのですね。もし次に行く機会があったら、見てみたいです。


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JR宇部線の電車です。上の写真の駅舎に色を合わせているのではないのでしょうが、こちらも白を基調とした明るい塗装になっています。車両は1981年に登場した105系です。この後これに乗って、宇部新川まで向かいました。


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この日私が宿泊した、山口県厚生年金休暇センターです。ホテルや旅館とはまた違う、いわゆる公共宿泊施設に泊まったわけですが、辺りは自然に囲まれて景色も良く、中の内装もなかなか豪華でした(次ページの最初にその写真あり)。それでいて料金は、設備に比して安かったはず。ホテルとは違い、『公共宿泊施設』という性格なので、多少安めの料金が設定されていたと思うのですが、果たして現在はどうなのでしょうか?1泊だけしましたが、もっと滞在したかったという印象です。


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さて、これはJR小野田線本山支線で走っていた旧型電車クモハ42形です。全国で最後まで残っていたいわゆる『旧型国電』で、私が宇部・小野田へ行った目的は、この電車に乗ることだったのです。2003年3月限りで引退し、この時はまだ引退まで6年を残していた時だった事になります。写真は雀田駅で、ホームと反対側に回って少し見上げる加減で撮影したのですが、なびいている様な鋼体、そして下回り(釣り掛け式台車など)が実にいかめしく写っています。戦前から生き延びてきた名車=B扉間にズラリと並ぶ窓と相まって、頼もしく堂々たる姿に見えますね。


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雀田駅に立て掛けられていた、クモハ42形の車両説明図です。寸法なども細かく書かれています。この頃もマニアがこの電車に乗りに、しばしばこの地を訪れていたのでしょうね。しかし特に全国で唯一残る旧型国電となっていた最晩年には、一般の旅行者の間でも注目の的になったのではないかと思います。特に年配の人にとっては、大変懐かしい車両ですよね。


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クモハ42の車内です。古さを存分に感じさせる、クラシックな客室ですね。この時が夕刻近い時間だった事もありますが、濃い木目調の車内独特の『暗さ』があります。乗客は地元の高校生ばかりという印象でした。ちなみに、あまりハッキリ写っていませんが、床も木目床です。


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車内側板部をよりアップして撮りました。この窓枠、そして側板のニス塗りの香りが何とも言えません。本当に生々しいほどに時代を感じさせる車内で、ニス塗り独特の匂いがしていました。写真からも、その雰囲気は十分伝わるのではないかと思います。


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終クモハ42の、運転席部分です。何か大昔のトイレを思い浮かべると言ったらちょっと運転士は気を悪くしますかね(笑)?それにしても、運転室部分だけが個室になっていて、あとは客室スペースという『半室運転台』も、本当に懐かしいものがあります。風情たっぷりですね。ただ、惜しむらくは扉だけ新たに白色に塗装されていない事です。運転室の背面には、時刻表も貼られています。


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小野田線本山支線は、雀田−長門本山間、わずか2.3kmの非常に短い支線です。途中駅も一つのみ。この写真は終点の長門本山ですが、すぐ先が本山岬となっていて、前方に海が広がっています。距離こそ短かれど、終点が、前方に広大な景色が広がる駅という解放的な路線で、このクモハ42は最後の奉公をしたのでした。製造年は1933(昭和8)年、引退まで実に70年という、人間でもなかなか長生きしたと言えるくらいの年数を走り続けました。本当にお疲れ様でした。


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