宇部・小野田→熊本旅行 [その4] 撮影:1997年3月4日



ここは荒尾駅前です。前夜、私は荒尾で泊まり、この日の朝を迎えました。上の写真は荒尾駅舎。ごじんまりとした、瓦屋根の駅舎は、現在も変わっていません。ほとんど人もいない、静かな朝です。
下は駅前通りを望んだもの。右端にギリギリでモニュメントが写っていますが、その周りは自転車で溢れていますね。
荒尾は、福岡との県境直前の場所で、このすぐ次の駅は、西鉄の終着駅でもある大牟田です。


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旅行の最終日となったこの日は、熊本城を訪ねました。こちらがその天守閣です。アングルはやや(>_<)ですが、白黒2色のコントラストが映える、美しい天守閣だと思います。この、一見カラスをイメージさせる様な外観は、『下見板張りの黒い外観』といって、この城の特徴となっています。熊本城の完成は1606年で、現在の天守閣の外観は、1960年に復元されたもの。写真は1997年の撮影ですが、これより10年後、2007年に、築400年祭が行われました。


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熊本城天守閣からの眺めです。快晴に恵まれたため、熊本市内を心ゆくまで一望出来ました。どっちの写真がどっちの方角かは、忘れてしまいましたが(汗)。
見たところ、上の写真では遠方に山が、下の写真では遠方に海が、それぞれうっすら見えているように思います


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さて、熊本に旅行に来て、私が最も乗りたかったものは、熊本電気鉄道です。写真はその起点となる上熊本駅で、何とも細い、肩をすぼめている様な感じの駅舎です。停車している車両は600形で、元静岡鉄道100形です。先ずはこの車両に乗って北熊本まで行ったのですが、この600形は2000年に廃車となりました。また、600形は両運転台で、これの片運転台バージョンの500形も当時走っていましたが、これも99年までに引退し、現存しません。


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北熊本で御代志行きに乗り換えました。停車中の電車は左が元東急電鉄の『青ガエル』5000系。そして右が元都営地下鉄三田線の、6000系です。私は左側の、元青ガエルを一番の目当てとしており、そのため、御代志行きで来ていた6000系は見送りました。


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さあ、いよいよお目当ての『青ガエル』に乗車する時がやってきました。・・・・・と、この写真は、実は既に終点まで乗った後に撮影したものなのですが(汗)。全国各地に散在する元青ガエルに、私は一度でいいから乗ってみたいと思っていました。この頃、地方私鉄で第二の人生を送っている青ガエルも、既に減少に転じていました。この独特のフェイスを生で拝めて、本当に嬉しかったですが、実は熊本電鉄では2009年現在でも、この青ガエルが2両健在です。既に製造後55年。技術遺産としても大変貴重な存在になっている事と思います。


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御代志駅ホームと、5000系側面を撮ったものです。5000系は、窓と窓の間隔が広く空いており、同時期に製造された、阪神の元特急車や、その後に登場した初代ジェットカーを連想させます。また、一見片運転台の2両連結に見えるこの車両ですが、実は両運転台車であり、中間の連結部分を挟んで、乗務員扉が2つ見えます。


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青ガエルの車内です。初めて目にした車内でしたが、内装は重い感じのグレーで、座席は赤。そして上の写真でも確認出来ますが、扉は、こののち東京や大阪で登場した地下鉄のように、窓ガラスが上部にしか無いタイプとなっています。片開きで窓ガラスがこのタイプというのはなかなか珍しいと思われ、他の例となると、私の記憶では、かつて乗車した、営団(現東京メトロ)銀座線の旧型車両ぐらいしかありません。


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熊本電気鉄道は、元々は御代志から菊池というところまで路線が延びていました。よって現在でも、路線名は菊池線です。1986年に廃止になりましたが、それから11年後に撮影した、廃線跡です。もうレールは完全に撤去されていますが、それ以外は整備されていませんね。御代志−菊池間は13.5kmあり、現存区間が10.3kmなので、結局菊池線は、元々の半分以下にまで縮小された事になります。


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御代志からは、再び青ガエルに乗って、反対側の終点、藤崎宮前まで乗りました。この時は上の写真の通り、熊本電鉄の塗装をされていた青ガエルですが、現在は青ガエル時代の塗装に復元されています。機会があれば、見てみたいところですけどね。さて、終点の藤崎宮駅は市街地であり、駅前も近代的で、道もきれいに舗装され、駐輪場も備わっています。


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駅名が示す『藤崎宮』、ちょっと足を延ばしてみました。風雨に耐えた感のあるこの鳥居の中央に、縦で『藤崎宮』と書かれています。少々カメラを上に向け過ぎたショットになっていますが、好天のこの日、何人かの人が、お参りに来ていました。


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再び市街地に戻ってきました。熊本城を向こうに望みながら、手前に停まる熊本市電を撮影。まだまだ日が短い方だったこの時期、ぼちぼち日は西に傾いてきています。この後はガイドブックを片手に、再度市電に乗り込みました。


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熊本旅行最後の観光先として向かったところは、水前寺公園でした。重要文化財である『古今伝授の間(古今とは古今和歌集の事)』がある水前寺公園。入口となるのが、出水神社の鳥居です。現在は500円の入園料が要る様ですが、この当時は無料でした。


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公園内の様子です。こんもりと丸い形をした木や、曲線を描いた坂状の風景が特徴的です。色からして鳥取砂丘を連想させますが、実はこの公園は東海道五十三次を模して造られたという事で、画面左端に写る、上が尖って裾が広がっている小山は、富士山を表しています。また、『砂丘に見える』と称した池後方の地面は、実際は芝生で、新緑の季節には『青い芝生』となります。


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水前寺公園の中には、1871(明治4)年に招かれた、アメリカ人教師ジェーンズの邸宅や、明治の文豪、夏目漱石の旧居が残されていました。敷地外側から撮り、肝心の建物があまりハッキリ写っていませんが、画面右側、2本の木の後ろに見えるのが、夏目漱石の旧居です。私は、高校1年の時、夏目漱石の『こころ』に大変ハマり、学校で宿題として出された読書感想文でも、この作品の感想をかなり勢い強く書き綴ったものでした。


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突然路面電車の車内が登場してきましたが、これは101号という車両で、車内がレトロ調に装飾されている事から、偶然乗れた際に1枚撮りました。ところが外観を撮るのを忘れてしまったのです。他サイト(Wikipediaなど)でもご覧になれますし、また乗車するチャンスもあるでしょうが、「私とした事が・・・・・!」です。


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さて、4日間にわたる、『宇部・小野田→熊本旅行』も、いよいよ終わりの時が近付いてきました。この1枚は熊本駅前のバスターミナルですが、これより中距離バス(車両は一般の路線バスで、画面右端に写る物)に乗って、荒尾駅まで向かいました。そして、荒尾発大阪梅田行きの夜行高速バスに乗って、3月5日の朝、帰阪したのでした。この旅行は、丁度父が食道癌の手術を受け、順調に回復していたという時期、それまで働いていたアルバイトも辞めてフリーになっていた事を利用して、『気分転換』におこなったものです。楽しい旅行でしたが、帰って以降の私は、様々な試練に直面することになったのでした。


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