フィナーレ、宝塚ファミリーランド 撮影:2003年4月1日
私にとって元祖遊園地と言えば、宝塚ファミリーランドでした。幼稚園の遠足で行ったのを始め、小学生時代は何度も訪れ、大人になってからも数回足を運びました。いつも『在って当たり前』の身近な遊園地で、歌劇と共に宝塚という地を象徴するものでしたが、2003年4月7日、ついに閉園となりました。2000年以降も2回ほど訪れ、スペースコースターなるトンデモない乗り物にも乗りましたが(仕事上の付き合いで)、それも今は思い出。閉園6日前、既に無料開放となっていた宝塚ファミリーランドに、最後の別れに訪れました。私にとっても25年の付き合いでしたが、ファミリーランド自体は、1911(明治44年)の開業以来、実に92年の歴史に幕を下ろしたのでした。写真は現在も見られる『花の道』です。ファミリーランドに行く人、行ってきた人で混み合っていますね。当たり前の様に見られていた『ご入園ゲート』の立て看板も、間もなく見納めになります。


次の写真へ
ファミリーランド内の階段ですが、ここから園内をグルリを見渡す事が出来ました。この階段自体は現在も残っており、ガーデンゾーンの景色も当時とさほど変わりませんが、画面左奥の方には、ペットを自由に走らせる『ドッグラン』コーナーが出来ており、休日も静かな場所となっています。この日は、老若男女で賑わっている中にも、寂しさが漂っていました。間もなく満開となる桜の花より一足早く、元祖遊園地が散っていく・・・・・。


次の写真へ
これは水流コーナーですね。ミニ急流すべりの様に見えます。このほかに、ファミリーランドには屋外プールも設置されていました。さらに私の好きな観覧車も、遊園地の定番として当然あり、2、3度乗ったのはいい思い出です。
なお、このページでは登場してきませんが、ファミリーランドにあった数々の乗り物の内、メリーゴーランドは現在も当時の姿を留めて存在しており、利用も出来ます。


次の写真へ
サルがたくさん遊ぶこちらは、動物コーナー。子どもの頃も、よくここでサルを見て喜んでいましたね。今では北摂でサルと言えば箕面だけですが、当時はここ、宝塚ファミリーランドの動物園もそうでした。人馴れしているサルはこの日も観客サービス。もうすぐお別れとも分からずに、今日も活発に遊んでいますが、閉園後はどこに行ったのでしょう?


次の写真へ

これが宝塚ファミリーランドのシンボル、長く見物客に親しまれた、ホワイトタイガーです。登場時は、刊行物『阪急沿線』でも大きく取り上げられ、『しあわせを呼ぶホワイトタイガー』として紹介されていました。こうして写真で見ると何だか小さく見えてしまいますが、堂々たる立派な体格です。別れを惜しむ様に、このホワイトタイガーに見入る客も多かったと思いますね。果たしてホワイトタイガー自身は、最近の雰囲気の違いに気付いていたのかどうか・・・・・。なお、閉園後は埼玉県の東武動物公園に転居≠オました。


次の写真へ
さて、最後となる宝塚ファミリーランド訪問で、私がどうしても乗っておきたかったのが、このモノレールです。ジェットコースターは嫌いですが、モノレールは大好き。まだ大阪モノレールが影も形も無かった70年代、私の中でモノレールと言えば、羽田空港に行く東京モノレールと、宝塚ファミリーランドでした(笑)。恐らくこちらの方が、初乗車の時期は古いと思われ、今や毎朝モノレール通勤をしている私が、生涯で初めて乗ったモノレールが、これだったのです。因みに車両はもっと古い型だったと思いますが・・・・・。とにかく、思い出があるこのモノレールを、乗る前に是非カメラにも収めようと、シャッターを切りました。しかし下のフードコーナーも大繁盛していますな。


次の写真へ
モノレールの乗り場ですが、どうでしょう、この行列。何年か前、前回に乗った時は本当に空いていましたよ。やっぱりみんな、最後は乗りたかったのですね。観光シーズンの、箱根のロープーウェイ並みの階段行列でしたが、本来ならここまで並んでいると瞬時に退散するところが、この時は私も並びました。片道200円と大きく書かれていますが、もちろん乗り物代も無料となっていました。


次の写真(2枚)へ



行列に並ぶこと約・・・・20分ぐらいだったでしょうか。ようやくホームまで上がってきました。そしていよいよモノレールの到着です。宝塚のモノレールは5両編成で、遊園地の物としては長い編成じゃないのかなと思います。遊園地ならではの、窓に被らない様に下半分に、そしてカーブが急であるため長く付いている連結幌の車両がやってまいりました。各車両1扉のかわいらしい車両であります。さあ、いざ乗りますぞ。


そして下の写真は車内です。相乗り≠ナしたので、車内全体は撮れませんでしたが、上半分が水色で下半分がライトグレーという明るいカラーリングで、座席は扉を挟んで向かい合わせになっています。ゴンドラや観覧車の様な席配置ですが、車窓の風景もおとぎの国そのもの。丁度この場所を通るのを狙って撮影しましたが、かわいいネコのキャラクターがまね(?)、お子様向けハウスが連なります。こういう、何ともほんわかした遊園地らしい車窓風景とも、間もなくお別れになろうとしていました。
それにしても、こういうミニ規格の乗り物って、乗っていて何となくホッとしますね。癒されるものがある様です。


次の写真(2枚)へ



モノレールから下車後、再び付近を歩きます。本当に混雑しています。ここに写る大人たちの内の多くは、子どもの頃、ここで遊んだ思い出があるのではないでしょうか。頭上には、今乗ったモノレールのレール(左側)と、“天敵マシーン”ことジェットコースターのレール(右側)が見えます。ジェットコースターには一度も乗りませんでしたが(初めて乗ったのはあやめ池遊園=現存せず)、前述の様に、スペースコ^スターには一度乗せられました。


遊園地ならではの建物たちも、後一週間で誰も迎える事がなくなる分けですが、果たして早々に解体されてしまうのか、その運命やいかに?というところでした。


下の写真の右上には、先ほど乗ったモノレールが見えます。駅に停車中と思われますが、私が乗ったのとは違う駅ですね。


次の写真へ
私がこの遊園地を訪れる最も大きな理由になっていたもの、それがここ、のりもの館です。私が子どもの頃に来た時は電車館と呼ばれ、建物も違っていました。写真の建物になったのは1993年からですが(その時、のりもの館と改称された)、昔の建物の時は、屋外に初代阪急車両の1形や、阪急千里線の前身、北大阪電鉄の10形が展示されていました。現在はご覧の屋内展示のみですが、かつて私が遊んだ物がこの時にも残されていて、暫し童心に返りました。左上部分に写る運行標識は、これも今では現物自体、見る機会が少なくなりましたが、かつてはミニチュアを沢山買い集めており、今でも実家に在ります。また、画面ほぼ中央には、電車の種別表示を切り替えて遊べるカットが置かれているのも見えますが、このタイプの実車自体、非常に少なくなりました。


次の写真へ
画面下半分に写る模型は、初代梅田駅です。現在、改築工事たけなわで、また巨大なビルに生まれ変わった阪急梅田駅ですが、100年余り前、最初に開業した時は、これが全てだったのですね。ホームも可愛らしいもので、実物を写真でも見た事がありますが、地方鉄道の出発駅みたいです。最も、当時は梅田も田舎だったのですね。それが見る見る発展し、大きくなっていったのでした。上に見える標識は、イベント開催時に電車に取り付けられていたものです。70年の万博の時に運行された『EXPO直通』、万博関連の展示会でも見る機会がありますね。その右の『PORTOPIA81』ですが、これは私も一度訪れました。あまり詳細は記憶に残っていないのですが、開業したてのポートライナーに初めて乗ったのもこの時だし、学校でもクラスの中で話題になっていました。


次の写真へ
私が一番お気に入りのショットがこれです(笑)。さすがは阪急電車マニア。少しでも電車のカットが多く画面に入る写真を撮ろうと、こだわりの手を緩めません。ただし、もう何ショットか撮っておけば良かったと、後から後悔するのもまた私らしいというか・・・・・(汗)。正面に301と書かれたカットボディーが見えますが、ここでは車掌が扉の開閉スイッチを操作する体験が出来ました(ドアエンジンの構造を公開)。子どもの頃、何故か鉄道の扉、それも片開きの扉に執着心(?)を持っていた私は、この301の中でよく遊びました。当時の名残りで、今でも片開きの一枚引き戸は好きですね。そのほか、920系と思われる半面カットが右に、非冷房時代の1010系の屋根部(マニア以外に分からない表現)が右奥に見えます。その手前、幌が僅かに見えるのはデイ100の正面です。いずれも見慣れた展示車両たちですが、これで見納めになるのは大変寂しいものがありました。もう30近い大人になっていた私ですが、301のドア開閉を1度だけ体験し、その後はひたすら懐かしい車両たちを見て回りました。


次の写真(2枚)へ



当時日本最大級と言われていた急流すべりのコースが、頭上を二度横切っています。そして画面上部には高架上に阪急電車。そのさらに奥には、先ほど乗ったモノレールの姿も見えます。阪急電車と宝塚ファミリーランド、このコントラストを撮りたかったのですが、光線の都合で上手くは撮れませんでした。画面下には行き交う人々。全盛期の園内に於いては、この光景こそが当たり前だったのでしょうね。


最後に下の写真です。
『長らくのご愛顧、ありがとうございました。』と書かれた看板が、訪れた多くの人たちへの感謝の思いを込めて設置されています。
当日、閉園まであと6日でした。画面上端ギリギリに、僅かに桜の花が写っているのが見えるでしょうか?これは狙って撮ったのではなく、偶然写っていたのですが、こうして見ると下の看板との対比で、どこか寂しげな表情に見えてきます。


子ども時代の、最も身近な遊園地。最後にもう一度訪れる事が出来て、良かったと思いました。


一番上の写真へ






近場で外出、イベント等の思い出へ 旅行記・乗り歩きの部屋へ