瀬戸大橋→高松→松山旅行 [その6] 撮影:1992年8月4日
伊予鉄道高浜線の終点、高浜駅にて撮影です。これで伊予鉄道の鉄道線は、3路線の全区間乗車し、松山市内線は既に前日に全線乗っていたので、伊予鉄道完乗となりました。写真の電車は800系で、元京王帝都電鉄2010系です。1984〜85年に伊予鉄道にやってきました。正面2枚窓の湘南型は私の好きなスタイルですが、車体の下半分に、これでもかというくらいにデッカく『冷房電車』と書かれています。この当時はまだ、地方の鉄道では冷房車も決して当たり前とは言えず、乗客に周知・アピールするために、メガ標識が掛けられていました。地方の鉄道でも全車冷房車が普通になって久しい今から見れば、これも時代を感じさせる一コマです。また、前のページの700系ともども、鉄道線車両の塗装は路面電車の松山市内線と全く同じですが、1994年〜97年に新塗装化(松山市内線と別塗色)されたので、写真は新塗装化開始前の、伊予鉄道らしい原型塗色の姿です。800系は、元の所有者の系列番号に合わせた訳ではないのでしょうが、2010年に全車引退しました。4両は千葉県の銚子電鉄に譲渡されましたが、写真の812号車は解体されています。さて、この高浜駅、駅の屋根を支えるY字支柱が特徴だと思いましたね。


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インターネットも存在していなかったこの頃、事前に何も調べずに高浜にやってきた私は、その場で発見した連絡船に乗って、興居島(ごごしま)に行ってみることにしました。いきなりフェリー乗船とは想定外の行動でしたが、ネットが普及した今でも、私の旅行はこういう行き当たりばったりが味かも知れません。フェリーはこの日確認した限り3隻あり、それぞれ『あいらんど』、『えひめ2』、『ごごしま』という愛称が付けられていますが、写真は『あいらんど』の船内です。四国の港から隣の島へ。親島から子島へ、といった感じでした。


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“親島”四国は高浜港を出発し、快走するフェリー。水しぶきを上げる後方水面と、先ほどいたフェリーの乗り場を撮ります。画面中央やや下方に船が一隻見えるのが、『えひめ2』です。


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さて、高浜港から船で揺られること17分、興居島の由良港に到着しました。私は、いわゆる連絡船で結ばれる小島(離島)に行くことは滅多にありませんでしたので、この時は予定外の貴重な体験となりました。小さな連絡艇2隻を挟んで、右側には『ごごしま』号が泊っていますが、こういう小さな島の船乗り場、本当に雰囲気があっていいですね。今見ると、もう一度行ってみたくなります。かつて、興居島ではありませんが、瀬戸内海の島である小豆島を舞台にした連続ドラマがあって、このような感じの船乗り場のシーンもありました。全話見たわけではないのですが、結構ドラマの世界にハマりかけましたね。ドラマのタイトルは『愛の劇場 〜ラブレター〜』(2008年度放送)でしたが、私の好きな女優が、主人公のお母ちゃん役で出ていましたから。


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興居島に着いてブラブラ歩いていた私は、海の家らしきところにたどり着きました。海水浴場のようでしたが、何という名前だったかは憶えていません。今回改めて地図で見たところ、どうやら海の家「わかす」らしきことが分かってきました。とにかく親切で愛想のいいおじさんがして、いろいろ訪ねてきたことや島の案内を嬉しそうにあった上、ここで軽く昼食をも摂ったように思います。何が出てきたかも記憶に残っていませんが、テーブルに置いてある瓶ビ−ル2本は、案内役の島んちゅうおじさんの物で、私は断じて口をつけていません。


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島んちゅうおにさんとは暫し島談義に話を咲かせ、その詳細を失念したのは惜しまれますが、とにかく愛想が良く、最後もわざわざ車で由良港まで送ってくれました。一人旅行でやってきた、当時既におっさんくさかった私に、ここまで親切にしていただいたことは本当に有難うです。昔ながらの南国の島の雰囲気がそのまま残っているこの島に、いつかもう一度行ってみたいです。写真は高浜港に向かう船の中より、興居島の山を望む。


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この一枚、伊予鉄道を訪ねるにあたって、絶対一度は狙ってみたかったショットです。大手町駅での、鉄道線と軌道線の平面交差。かつて私の地元阪急電鉄では、西宮北口駅に有名な平面交差(ダイヤモンドクロッシング)がありました。私も何度体験したか分かりませんが、1984年3月に姿を消し、それ以降、完全な垂直型の平面交差は、常時列車が走る箇所としては、ここ大手町と土佐電鉄のはりまや橋の、2ヶ所のみとなりました。さらに一方が鉄道線となると、ここが全国唯一となる訳で、現在も存在しています。この時は丁度、軌道線車両が待機している状態で鉄道線車両が平面交差を通過するところを撮れたので、良かったなと思いました。まだ鉄道線の塗装変更前なので、余計に同一鉄道に於ける平面交差というのが判ります。鉄道線車両は700系(元京王5000系)、軌道線車両は50形1000番台(元呉市電1000型)です。伊予鉄道1000形と称されることもあった50形1000番台は、この前日に一度乗りましたが、2004年に全車引退しました。


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  こちらの写真、先ず左側ですが、松山城本丸に行くロープウェイです。松山城本丸は標高132mの高さに在るため、ロープウェイとリフトが設けられています。私はロープウェイを利用しまして、愛称は『まつかぜ』でした。現在、このゴンドラは引退しており、4代目のゴンドラが使用されています(従って写真のゴンドラは3代目だと思われます)。ロープウェイの所要時間は約3分。体力に自信のある人は、歩いて本丸を目指すのもいいでしょうね。そして右の写真がリフトを下から撮ったもので、ネットの上をリフトが往来しています。リフトの右側、画面中央下部にはロープウェイも小さく写っていますが、よく見えないと思いますので拡大版をご覧下さい


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松山城本丸公園にて、大天守を望みます。画面中央右側が大天守ですが、公園の風景を入れて撮るのはいいとしても、もう少し大天守全体をアップで撮っておくべきだったです。この後大天守の中に入っていくわけですが、外見をきれいに記録するのは忘れたみたいですね(汗)。


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上の写真とほぼ同じ位置から撮影した、松山市内の様子です。標高132mの公園からの眺めです。薄曇りだったので、あまりきれいには撮れませんでした。そのため多少補正は加えましたが、これが精一杯です(詫)。画面右手には、ごく普通の、街の景色が広がっていますが、現在は「くるりん」と呼ばれる観覧車が見え、高さ85mの、市内一高いビルも眺める格好となります。この写真の撮影時から約四半世紀の時が流れ、風景も変わりました。


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松山城大天守に入りました。2枚の写真が中の様子です。この時点で、私はまだ姫路城も彦根城も一度も行ったことが無く(大阪城天守閣には未だに入ったことが無い)、この松山城本丸が、『お城』というものに入った初の体験だった可能性があります。


松山城は、1602年に築城が開始され、四半世紀の工事を経て1627年に完成しました。その当時の天守は1784年に落雷により焼失し、1854年に70年ぶりに復興、これが現在の天守となっています。
写真は大天守の最上階で、盆休みのシーズンより少し前だったからか、かなり空いている印象です。太い支柱で区切られた広間、ハシゴのような急な階段。復興からは138年目だった天守でしたが、それでも明治になる前からの建造物で、歴史は充分に感じられました。


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大天守最上階から見た風景です。上の写真は西方面で、はるか前方には瀬戸内海を望むことが出来ます。すぐ前に写る瓦屋根は、小天守でしょうか?夕刻近くで、天気もやや曇りでしたが、遠くの海の水面(みなも)に映える太陽は、なかなか美しかったです。


下の写真は東方面で、本丸公園を見下ろします。
市街地の様子は、最近撮影された画像と見比べても、高いビルが若干数増えたぐらいで大きくは変わらないですね。


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大天守から出たところで、外から1枚撮影したのですが、エラい近くから撮っていて、建物上部が写っていません。基礎の石垣や窓周りの木枠が、それなりに細かく確認出来るというのはありますが、いつかもう一度訪ねて、全体をきっちりカメラに収めたいです。


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さて、この日は名湯、道後温泉に入りました。前日、昼間に建物の撮影はしていましたが、その日の晩は普通に旅館で風呂に入り、島を訪ね、松山城巡りもしたこの日は、夕食後に道後温泉に浸かって、旅の疲れ(少々オーバー)を癒やしたのでした。
夏目漱石の『坊っちゃん』に登場したことは余りにも有名ですが、小説が書かれたのは1905年。それから既に110年以上が過ぎています(訪問時点では87年)。


道後温泉自体は、実に3000年もの歴史があると言われ、3000年前といえば縄文時代中期にあたります。
江戸時代の1795年には小林一茶も訪れたということです。


私は温泉の洗い場で、東京から来た旅行客と暫く会話を交わしていました。昼間は島のおっちゃん、夜は温泉で旅行客、人との会話の機会が多かった一日となりました。
のぼせそうになるまで浸かり(笑)、脱衣場でゆっくり涼んでから着替えた後は、人力車に乗りました。人力車といえば京都の嵐山にもよく走っていますが、やはり地元近くだとかえって違和感が出てしまって乗る気にならず、遠く四国は松山の地で、生まれて初めて人力車を体験しました。
下車前には記念にポラロイド写真も撮ってくれて、現在でも貴重なショットとして保存しています。


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