信楽高原鐵道乗車 撮影:1994年1月7日

元国鉄→JR信楽線の信楽高原鐵道に乗るため、関西本線の加茂駅にやってきました。信楽に行くのに何故いきなり奈良県の加茂駅(奈良の2つ次の駅)なのか?実はここからバスに乗って、信楽に移動しようとしていた分けです。現在は廃止となっていますが、この当時は加茂駅〜信楽駅を結ぶJR西日本バスが走っていました。行きは奈良回り、帰りは滋賀回りで、目的である信楽高原鐵道乗車を果たそうと思ったのでした。さて、こちら加茂駅は、関西本線の電化区間と非電化区間の境目の駅で、暗くてよく見えませんが、画面左端に、大阪から乗ってきた大和路快速の221系が停まっています。そして右に写るのが、これより東、亀山方面へ向かうキハ120系です。


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加茂駅前の風景です。上が駅舎、下は前の通りを東方向に眺めたもので、画面ほぼ中央、青いテント屋根があるバス停から、信楽行きのバスが発車していました。加茂駅は、現在では橋上駅舎に変わり、新幹線ばりの駅コンコースと、バリアフリーな広い歩道のバス・タクシーのりばに生まれ変わっています。
しかしこの当時は、ご覧の通り。いかにも地方の駅前という、駅舎の前の歩道が狭く、古いコンクリートの路面の駐車場という、典型的な田舎駅でした。
加茂駅を訪れたのはこの時1回きりですが、今もし再訪したら、まさしく浦島太郎でしょうね。
このようなのどかな駅は、時代とともに無くなってきています。
なお、駅ホームの番線配置も、現在は当時とは変わっています。


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加茂駅の近くの田園風景を撮影しました。前方に臨むのは大野山、左方向に望む建物は、位置関係からして泉川中学の校舎でしょうか?私はこの様な田舎に住んだ事が無いので、生活環境として田舎の風景を懐かしいと思う事は出来ないのですが、旅先環境として懐かしいと思う事は、たくさん出来ると思います。現在、この辺りはどうなっているのでしょうか?もしかして、前の田んぼの所にマンションが建っていたりして・・・・・?


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場面変わって、こちらは信楽です。加茂→信楽のバスは、どうやら1枚も撮っていなかったようで(汗)。今は廃止となっているだけに、撮っていたらいい記念になっていたと思うのですけどね。確かバスには外国人(白人)の旅行客が3〜4人乗ってきて、みんなスキー棒を持っていたのを覚えています。
さて、信楽といえば、言わずと知れた焼き物の町。
1991年には、陶芸博も行われましたが、鉄道の事故で中止になったのは本当に残念でした。
写真はその陶芸作品を販売している店です。町中、至るところに陶器がありましたが、中でも陶芸たぬきがよく目に留まりましたね。本物の狸を見た事が無いので、動物好きとしても一度見てみたいところです。
さて、下の写真は店内に陳列されている陶器の数々ですが、右側や前方にある壷、デカいですね〜。
この当時はどうだったか分からないのですが、現在はこの近辺は、滋賀県甲賀市信楽陶芸村として整備されていますね。いろいろ陶芸教室もありますが、手先が極端に不器用な私は、陶芸は体験しないと思います(汗)。


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こちらはまた別の店です。画面左端には、陶器を一杯積み上げた棚の一部が写っていますね。前方の窓の向こうにも、小さな陶器がビッシリと並んでいます。とにかく、町が全身で『信楽焼』という個性を表現している様に感じました。


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信楽駅に到着です。駅舎の様子ですが、三角屋根が3つ並んでいる造りが何だかユニーク、そして結構新しいですね。この駅の様子は、現在でも変わっていないようです。現在この駅には、91年5月の事故に関する展示資料コーナーが、遺族の要望により設置されているとの事ですが、私が訪れた時にはまだありませんでした。


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光が当たり過ぎて白く写ってしまっていますが、信楽高原鐵道の車両です。SKR200形と呼ばれ、80年代後半〜90年代初頭に大流行した、元国鉄の第三セクター鉄道型レールバスです。写真は2両編成ですが、この鉄道の初代車両であるSKR200形は、老朽化が進み、現在では1両のみが残存しているという事です。向かい側のホームには、たぬきの置き物が置かれています。


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上の写真と反対側に回って撮影しました。こちらでは車両の色がハッキリ分かりますね。白に太細のライトグリーンの帯。大変明るい色です。それにしても、この形の車両は本当に、昭和60年代の鉄道の、代表的顔の一つでしたね。
この日は年明けから間もない時期でしたが、あまり寒かったという記憶がありません。


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車内の様子です。ロングシートとクロスシートがほぼ半々というのも、ローカル線の新車ではよく見られる仕様です。ライトで大人しい印象の外観の塗装とは対照的に、車内は原色の赤のシートが非常に鮮やかです。で、この車両に乗って何より感じた事は、大変乗り心地が好かったという事!実にスムースな走りで不自然な揺れも無く、本当に心地好かったのです。まだまだ新型だったこの車両と同型他社の車両に何度か乗った事がありますけど、SKR200形が一番優秀だという印象を受けました。まあ正直、ここまで乗り心地が印象に残るとは思っていませんでしたが、さすがに現在残っている1両に乗ったならば、くたびれた走りにも感じられる事でしょう(汗)。


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終点(本来なら起点)の貴生川に到着しました。一つのローカル線に、終点の側から乗ってきたという珍しいルートの旅も、ここで無事、メインの目的を果たした事になりました。ちなみにこの駅で信楽高原鐵道を撮ったことは、90年7月にも一度あります。その時は、近江鉄道に乗ってきた帰り掛けだったのですが、この貴生川駅は近江と信楽高原、それにJR草津線の、3つの鉄道のジャンクションとなっています。さらにJR草津線も、この駅を境に草津行きと柘植行き行きに運用が分かれていますので、都合4つの列車が起点としている、かなりの要であると言えます。


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最後はJR草津線の電車が到着した時のスナップです。右側に近江鉄道の車両も見えますが、以前だったら黄色のレールバスだったのが、新塗装の電車に変わっています。ここでも一つ、時代の流れを感じましたね。この先、もし信楽を訪れる事があるとすれば、その時は奈良方面からのアクセスが消滅している事から、往復ともこの駅を経由する事でしょう。この後は、近江鉄道訪問の時と同じルートで帰りました。


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