大相撲 平成24年名古屋場所千秋楽 その4


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東 方

西 方

土俵上、大一番、全勝対決を迎えました。白鵬−日馬富士、両雄が土俵上です。昭和58(1983)年秋場所の千代の富士−隆の里以来、29年ぶり、平成になって初の、千秋楽全勝対決です。平成になると同時に相撲ファンになった私にとっても、リアル観戦としては初の、千秋楽全勝対決です。館内は興奮のるつぼと化しています。 長い結びの触れの後、最初の塩を撒く両者。かつての千代の富士に対する隆の里よろしく、白鵬キラーの筆頭、日馬富士。白鵬を気迫で飲み込んでしまう力士は、稀勢の里と、この日馬富士ぐらいでしょう。特にこの両者は、過去2度にわたって優勝決定戦も演じ、1勝1敗と星を分け合っています。そして日馬富士は安馬時代から、横綱白鵬に3連勝を経験しており、これはあの朝青龍でさえ成し遂げられなかった記録です。最高の舞台での対戦となった両者、さてどうなるか?拡大版はこちら


塵を切る両者。白鵬は、かつては両手をピンと延ばし、白鳥を思わせる様な塵手水姿を見せていました。そんきょももう少し深かったと思います。まだ関脇時代の白鵬の塵手水を見て、「何だか女性的なフォルムにさえ見えるな」と思ったのを覚えていますが、横綱になって5年、スタイルも変わってきましたね。 土俵周囲を埋め尽くした懸賞の垂れ幕です。これが見られない場所もありました。この日は1周では捌き切れず、2周目も回っていました。上限50本の懸賞は懸かっていたのではないでしょうか。


観客席には、『日馬富士』と書かれた横断幕を多数確認しました。これを見る限り、史上初の、横綱と大関による全勝対決は、大関を応援するお客の方が多かった様です。 淡々と塩を撒く白鵬に対して、眈々と塩を撒いている日馬富士です。両者、先場所も千秋楽に対戦しましたが、その時は10勝4敗と7勝7敗の対戦。優勝争いとは全く関係の無い、『圏外対決』でした。それが一転、今場所は最高レベル同士での顔合わせとなったのでした。


仕切る両者。目が光ります!燃えます!全勝優勝というチャンスは、そう多く訪れるものではありません。白鵬にとっては、2年越しの史上1位、9度目の全勝達成、日馬富士にとっては、自身初であると共に、大関としても、現横綱のこの白鵬が昇進直前に成し遂げて以来、5年ぶりの全勝達成が懸かります。 最後はお馴染み、日馬富士のカエル仕切り。かつて朝乃若がこれをやった時は、何かと苦言の対象にもなりましたが、日馬富士のこの、土俵にデコを付けると言わんばかりの仕切りについては、特に批判の声は無いようです。私自身はどうも違和感を覚えるのですけどね。特に大関という地位ですから。最高位に昇進した暁には、『いつでも受けて立てる仕切り』を行うという事で、控えた方がいい様な気もします。拡大版はこちら


さて、いよいよ立ち合いです。白鵬、右手を下ろしました。日馬富士、当たる前、じっと睨みます。29年ぶり5度目の全勝対決、時間一杯・・・・・。 当たった。日馬富士がいい体勢だ!左を取り、右を深く差しています。横綱は左から抱えていますが不十分な形。相手に廻しを取られている分、辛抱するしか無い状態です。果たして・・・・・。拡大版はこちら


寄り切りました。渾身の寄り!日馬富士優勝。全勝優勝です。史上初の、横綱と大関による全勝対決を制したのは、大関のほうでした。横綱は完敗。日馬富士の、全勝への執念が実りました。先場所は不本意な千秋楽勝ち越し。しかし今場所は一転15戦全勝。次場所は一気に綱盗りという事になりました。拡大版はこちら 館内座布団が舞います。思えば初めて名古屋場所を観戦した平成16年名古屋場所中日も、結びの朝青龍−琴ノ若戦で座布団が乱れ飛びました。琴ノ若のかばい手が認められず、取り直しになった一番です。あの時、まだ入幕2場所目の前頭8枚目だった白鵬が、今や大横綱。そして十両にいた日馬富士(当時安馬)と稀勢の里(当時萩原)が、今やともに大関。歳月は流れました。


もう一度、座布団乱舞の画像を。「危険ですから、座布団は投げないで下さい」。必ず流れてくるアナウンスも、ほとんど掻き消されていました。拡大版はこちら 座布団の溜まり場となり、回収作業が急いで行われている中で、万感の勝ち名乗りを受ける日馬富士。この場所は内容も本当に力強かった!豊ノ島戦や魁聖戦では、ノド輪で一気に攻め立てて相手を吹っ飛ばしました。内容的にも完全優勝と言えるでしょう。強さ・速さ・巧さのコラボレーションが完璧でした。


祥鳳による弓取り式です。普段ならこの段階で多くの観客は席を立っていますが、千秋楽は表彰式が控えているため、皆さん、最後まで観賞≠オます。それだけに、弓取り力士本人もやり甲斐があるのではないでしょうか?なお、祥鳳は春日山部屋の力士で、比較的小部屋である宮城野部屋の白鵬が一人横綱となって長い事が関係してか、横綱の所属部屋ではない力士が、弓取りを務めています。ちなみにこの祥鳳、出身地は大阪府門真市。御当所です。 燦然と輝く大賜杯。戦いの場は、表彰の場へと衣替えされます。そして隣の優勝旗の真ん中には、『旭天鵬勝』の名前が見えますね。ここに名前が残るという事が、そもそも物凄い事なのです。拡大版はこちら


優勝した日馬富士が入場してきました。心なしか、まだ少し気合いが乗っている様に見えます。それにしても、あの人気力士、隆の山に次いで2番目の、幕内軽量力士でありながら、相撲っぷりは正攻法そのもの。大向こうウケする豪快な技も繰り出します。時折「上手を取りに行く」と称して変化を見せるのが珠に傷ですが、それを完全封印した暁には、力強い横綱にもなれる事でしょう。 表彰式に先立ちまして、国歌君が代の斉唱であります。一同起立をします。


「表彰状、賜杯、日馬富士公平どの。右は、大相撲七月場所において、成績優秀により、賜杯にその名を刻し、長く名誉を表彰する。平成24年7月22日、財団法人 日本相撲協会」。北の湖理事長が表彰状を読み上げます。なお、この日の表彰式、君が代斉唱の後、優勝力士名がアナウンスされる際、日馬富士の下の名前を言うのを飛ばしてしまうという“小さなハプニング”がありました。気付いた人は少なかったかも知れませんが、「平成24年七月場所、幕の内最高優勝は、大関日馬富士公平、成績は15戦全勝であります」と言うべきところを、『公平』の二文字を言い損じてしまったのです。ちょっと珍しいミスでした。 表彰状を受け取る日馬富士。後方にいるのは、いつも表彰式の時に土俵下にいて、優勝力士が受け取った賜杯等を花道へとリレーする役の、若い者頭福の里(元十両)です。


天皇賜杯が授与されました。軽量のハンディをものともせず、全勝優勝を成し遂げた喜びを味わう時・・・・・。拡大版はこちら しっかりと賜杯を抱きました。前場所の旭天鵬は「まさか俺が」という目をしていましたが、この場所の日馬富士は、「当然俺が」という目をしています。拡大版はこちら


優勝旗、並びに賞状、金一封が、日本相撲協会、朝日山審判部副部長より授与されました。なお、朝日山親方(元大関大受)は、シリコン除去手術を受けたため、以前ほどとんがり頭≠ナはなくなっています。 表彰として受け取る物の中では、天皇賜杯よりも重い内閣総理大臣杯。重さは約41kgあります。そのため、これを単独で授与する事が出来る人は少なく、ご覧の様に、呼び出しが手伝っています。


優勝力士インタビューです。過去2回の優勝でもそうでしたが、言葉少なに、淡々と語る印象が強い日馬富士です。モンゴル出身ですが、普段はもっと語彙は豊富なのでしょうね。前場所の旭天鵬が、味のあるトークを繰り広げていたのとは対照的です。拡大版はこちら 家族の話に触れた時は、笑顔がこぼれていた日馬富士です。これからもどんどん回数を重ねるのか・・・・・?拡大版はこちら


モンゴル国総理大臣賞の授与です。この10年、モンゴル勢が優勝力士の主役を占めている大相撲。日本人力士が平成18年初場所の栃東以来途切れているという事は度々話題になりますが、このモンゴル国総理大臣賞、私の記憶が正しければ、授与が開始された場所は、その栃東が優勝した平成18年初場所です。確かこの賞が授与される際、「朝青龍が欲しかったモンゴル国総理大臣杯です」というコメントが、一言なされたと思います。そう、全盛を極めるモンゴルの友好杯、最初に受けたのは日本人力士だったのでした。 場面変わって、優勝パレードの会場です。愛知県体育館前の広場、大阪場所の時と違ってスペースが大変広いので、ゆったりと見物する事が出来ます。勿論、ギッシリ人が並んでいるという点では窮屈な訳ですが(笑)。場所入りの時の日馬富士が心配していた通り、空はどんより曇っていて、薄暗い感じでした。ただし雨の心配はなさそうで、一度、平成20年春場所で体験したみたいな、直前でパレード中止という事態にはなりませんでした。大関、良かったですね。場所入りの時、空に祈りを捧げていましたか?


いよいよパレードが始まりました。両手を挙げて歓声に応える日馬富士。そして旗手は同部屋の兄弟子安美錦。いっしょになって手を振っていますねぇ(笑)。 何と言っても千秋楽はこれが見ものですから。リンカーンコンチネンタルのヘッドライトも誇らしげに、パレードを満喫する日馬富士。笑顔満開であります。拡大版はこちら


私の前を通過する瞬間、何とか一枚収めました。車の側面には、『がんばろう日本!』の文字が。もう少しピントを合わせたかったですが、そこは私の力量不足。まだまだ腕を磨く余地があります。また来年もこの場面を撮影したいですね。それにしても大関、本当におめでとうございました。名古屋場所連覇でしたが、来年も3連覇を果たすのか、それとも・・・・・?拡大版はこちら 帰り道に撮影。華やかなお祭り時間が終わり、静寂に包まれる時・・・・・。本場所が終わった会場前、のぼりは全て外され、櫓太鼓も既に鳴っていません。外はぼちぼち薄暗く、まさに『賑わい去りのち』を実感する瞬間でした。



以上、大相撲名古屋場所千秋楽の観戦記をお届けしました。いかがだったでしょうか?
29年ぶり5回目という、貴重な千秋楽全勝対決。場所入りの時の両者の表情からして、日馬富士の優勝を予想してはいましたが、内心では白鵬の優勝を望んでいました。
何故か?史上最多の9回目の全勝優勝達成の瞬間を、この目で見たかったからです。そしてカメラのメモリーに焼き付けたいと思っていました。何事も、史上1位の記録が更新される瞬間というのはいいものです。ましてや全勝優勝の回数なんていうのは、滅多に更新されるものではありませんから、是非その瞬間を生で見届けたかったのです。貴乃花を抜く、史上単独5位の優勝回数達成というのも、また魅力的な記録でした。
結果はしかし、日馬富士の勝ち。或る意味残念ではありましたが、大関の全勝、さらには横綱大関の全勝対決を制した大関というのも、これは非常に稀有なもので、のちのち第2号の『横綱との全勝対決で勝った大関』が現れた時、「自分は第一号の時、生で見ていた」と振り返られるのも、また誇りかな?と思います。
実は日馬富士は、かつて私の母と接触≠した事があります。それは平成21年2月の事。従姉妹の結婚式に出席するため、都内のホテルにいたのですが、同じホテルで同じ日に、日馬富士の大関昇進披露パーティーが行われていたのです。親族控え室の前の廊下を、横綱白鵬以下、力士が次々に通り過ぎて行った光景は、今でも忘れられません。
日馬富士は、エレベーターから降りてきて廊下を歩いていた際、直ぐ前を歩いていた私の母の存在に気付かず、一瞬接触したのです。気付いた大関が慌てて、「あ!すみません。大丈夫ですか?」と母に声を掛けていました。
そこまでで話が終わればそれで良かったのですが、問題はここからです。日馬富士が土俵に登場するのをテレビで見るたびに、母は何故か嬉しげに、「あの人、私とぶつかった人やろ?」と訊いてくる様になり、優勝を決めようものなら、母は満更でもないという顔をして、「あの時私と接触したお陰で優勝出来たんや。私に感謝しないと。」と言い放つ様になったのです。
私は敢えて強くは否定をしませんが、この場所、日馬富士が全勝優勝したのを受けて、母がまた、妙な自信を深めないかどうか・・・・・。
ま、深くは関わらんでおきましょう。

自己最長、4ページにも及ぶ観戦記をお読み下さり、ありがとうございました。



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