岡山県蒜山高原 撮影:1977年夏












4歳になった夏、家族で岡山県の、有名な蒜山高原に旅行に行った時の写真です。およそ旅行という種類の記憶の中では、現存最古のものとなります。これより1年前、3歳の時にも福井県に旅行に行ったという事なのですが、もったいない事には全く記憶に残っていません。従って、私の人生における、記憶の中では『元祖、旅行体験』が、この蒜山高原行きという事になります。


最初の3枚の写真は、いずれも4歳の私にとっては超広大だった高原を、最大限バックに入れて撮られたものです。とにかく、生き返るような広さだったですね。何故か上半身が裸の状態で写っている、この小さな男の子が当時の私です。でも、やっぱり女の子みたいに見えますか(笑)。


30年経った今でも、この景色はよく覚えています。そして蒜山高原で忘れられないのは、シマウマですね。この頃から既に乗り物好きで、普段は相変わらずバスにばっかり興味を向けていた私ですが、一方で犬を始めとする動物好きでもあり、特にシマウマは、目立つし印象が強烈で、ずっと眺めていたと思います。


この3枚の写真でも、バックに馬たちが写っていますが、白と黒のシマウマの姿は、写真を見る限りは見当たりません。私の記憶では、やはりシマウマの方が今でも鮮明なのですけどね。


ところで、後方に延びる山の斜面ですが、あれは何山だったのでしょうか?上蒜山か、それとも毛無山か・・・・・?




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さて、ちょっと位置を変えて、道路脇にたたずむ私です。ここではちゃんと服を着ていますね(笑)。よく見ると靴下が上の写真の時と違うので、多分違う日に撮られたものでしょう。結構この時の旅行は長かったような記憶があるので・・・・・。私の後ろに延びる道は、国道482号線でしょうか?


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これは多分、泊まっていた旅館(ホテルではなく、旅館だったと思う)の近くでの撮影だと思います。左に写っている、にこやかに私を見ている人物は、父親です。そして、何かエラそうに手を後ろに組んでいるのが私(笑)。でも、足は完全に内股ですね。私は小学校低学年まで、ずっと内股で歩いていましたから。父が逝って、間もなく9年になろうとしていますが、この当時の父はまだ36歳。あと2年半(2006年12月時点より)で、私もこの時の父の年齢に並びます。


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ここは何か、砂地のようば場所なのでしょうか?あまりハッキリと覚えていませんが、ずいぶんデカい足あとが見えるような・・・・・。
右端に写る私、この頃は本当にクセ毛が強かったですね。だから女の子と間違えられていたのですが・・・・・。
それにしても、先ほどの写真では私は上半身裸なのに、服を着ている私は上が長袖ですね。もしかして、日なたと日陰で気温差が大きかったのでしょうか?


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父に肩車されている私のスナップですが、私はあまり肩車をされた記憶が多くないのですね。写真でもほとんど見かけないので、この写真は貴重なショットだと思います。こういう時もあったのですね。だけど、私は人を肩車出来るだけの体力がないので、今の私とあまり変わらない当時の父は、何だかんだ言って結構力が強かった事になるのでしょうね。まあ、私自信も今と違って、4歳の時は本当にスリムでしたけど。
それと、この旅行で父に関してもう一つ覚えているのは、母と一緒に貸し自転車を借りた事で、私を後ろに乗せて走ったのですが、何しろ父は自転車が苦手で、ヨロヨロガクガクしながら走っていたものです。確かその後、父が自転車に乗った姿を見ることは、二度とありませんでした。


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場所はどの辺りか忘れましたが、カメラに向かって駆け寄る私です。子どもの頃の私は、自分で見ても「かわいかったんだな。」と思いますヨ(笑)。それがどこでどう間違えて、こんなオッサン面になってしまったのでしょうね(笑)。
それにしても、別のページでも一度書きましたが、ある程度年を取ってきて頭の中が煮詰まってくると、子どもの頃の自分を見る事で本当に我に帰れます。頑固になり、頭が凝り固まってきた自分自身に、ひどい疲れを感じる事もしばしばの今日この頃。「周りの人たちと摩擦を起こしていないかな?」、「人当たりが悪くなっていないかな?」と反省する機会は、日ごとに増えている様な気がします。そんな時、子ども時代の自分の顔を見れば、大人病≠ニも言える固定観念、世間概念がスッと消え、何だかほのぼのとした、柔らかい気持ちになれるのです。
「別に許してもいいやん。」と、遠い昔の自分に語りかけられている気にもなって、子どもの持つ力、子どもと触れる大切さを実感するわけですね。愛犬と共に、己の子ども時代と会う必要が、今、あるのかも知れません。


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