我が心のバレンタイン:青春 八重桜物語
もしもあの出会いが無かったら?
失意のドン底にいたからこそ有難かった

 2004年12月19日、ある意味において、『運命の日』と言えるかも知れない一日を迎えた。夕べから今朝にかけて、トロの飼い主である親戚から電話が掛かってこなかったという事は、トロはまだ生きているのだ。だが、今日私が夜になって帰ってくるまでには、多分この世を去ってしまっている・・・・・。
 夕べはほとんど一睡も出来なかった。消灯すると、改めて愕然とした気分に覆われ、身体がガタガタと震えてきた。頭では分かっていても、トロと永久に会えない日が来る事は、とても受け入れられなかったのだ。ある程度トロが元気だった頃のほうが、まだ覚悟が出来ていた感じである。何度言葉に出しても言い足りないほど、ショックと悲しみは大きかった・・・・・。


 朝は7時前に起床し、依然気が動転している中、クリスマスパーティーへと向かった。家を出た時には思わず考えた。
 「もう一度、トロの顔を見てから行こうかな?」・・・・・。
 少しぐらいなら、時間にも余裕はあったのだ。だけどトロの顔を見ると、どうしてもその場から離れられなくなる。名残り惜しさが一層強くなって、そのまま仕事に遅刻してしまうのは必至だった。だから敢えてまっすぐ仕事に向かう方が良かった。なにせ150人以上の参加者が来るパーティーなのだから。何とかテンションを上げていくというのが、主催者側としての責任であった。
 何とか悲しみを振り払おうとしながら、目的地に向かうバスに乗り込んだが、すいていた車内で座ると、「このままずっと、一日中座って過ごしていたい。」という気持ちになってしまった。そして一方では、パーティーで会う事が分かっている顔ぶれを思い浮かべながら、「彼等に会えば、気分転換もちゃんと出来るだろう。ヨシ!がんばって気分転換をしようじゃないか!!」と、気合いを入れる自分がいたのである。


 午前8時半、無事会場に到着した。しかし入口の前まで来ても、一向にテンションは上がってこなかった。会場の建物をボーッと眺めながら、
 「俺、何でこんな所にいるんだろう・・・・・???」と、まるで現実感の無い気分に浸ってしまったのである。やっぱりトロの事は頭から切り離せない。ひたすら、後ろ髪を引っ張られる様な気持ちに、なってしまったのだ。
 どうにか中に入ると、既に何人かのスタッフ(職員)が集まっていて、最後の準備を進めていた。史上最多の参加者数を記録していた今回のクリスマスパーティーであるが、スタッフの数も相当に増えていた。当然、日頃から仲良くしている人も沢山いた分けで、その人たちと絡む事で、気分転換を図れると見込んだのだったが・・・・・。


 期待は見事に裏切られた。周りのみんなと言葉を交わしても、適当に冗談を言ったりしても、サッパリ気持ちが切り替わらなかったのである。相変わらずガクガクした気分に、苛まれるだけであった。
 『意気込みとは裏腹に』とはまさにこの事。私は、事前に気合いを入れ過ぎていたのである。そのためにかえって、意気込み倒れに終わってしまったのだ。客観的に考えれば当然の事なのだろうが、この時の私にとっては、追い討ちを食らう様なショックだった。
 「これではもう、パーティーに臨む事なんて出来やしない。今から3時間半も、賑やかな場でテンションを上げるなど、無理だ。」
 気分転換が失敗に終わり、私はだんだん、落ち込むのを通り過ぎてヤケになっていった。そして心の中で、言っても始まらない様な文句を言い出した。


 「・・・・・、大体何でこんな時に限ってパーティーなのだ?これでは丸で、呪われたかのように最悪のタイミングではないか!こんなドン底の気分で人の集まる場所に行くのなら、いっそ通夜か葬式のほうがまだマシだ。」


 乱暴な考え方ではあったが、とにかく、あまりにも巡り合わせが悪過ぎた。何故こうなったのか?答えが出るはずのない疑問を運命≠ノぶつけ、そして恨んだ。
 表向きはみんなと一緒に最終準備をしていても、内心は『心ここにあらず』。大方準備が完了し、周りのみんなと会話を弾ませようとするも、ふっと一人抜け出しては、ボ〜ッとしてしまうのだった。


 「これは間違いなく、人生最悪のクリスマスになる。間違いなく・・・・・。」そう、確信するようになった私は、非常に無責任ではあるが、何か理由を作って、棄権する¢ヲち、帰ろうと思った。
 ライブの出演者のリハーサルが始まるとますます耐えられなくなり、完全に『浮いたような気分』になった。もう、ホントに帰ろう・・・・・。


 ・・・・・【ドン!!】不意に誰かが、正面から私にぶつかってきた。


 完全に『前方不注意』だった私は、予期せぬアクシデントにビックリして、思わず「あイテ!」と声を出した。
 「何やねん、一体・・・・・?」ぶつかってきた相手を目をやると、こちらを見てニヤニヤしていた。
 「ん?今のはワザとか?」 何だかよく分からないなと思っている内に、【第二発】がやってきた。前方から先ほどの子が歩いてくる。その時私は、会場から隣の控え室に行こうと歩き出していて、間もなくすれ違ったのである。その際、その子は【ボーン!】と、思いっきり私に体当たりをかましてきたのだ。ものすごい一撃に、私はよろめいて引っくり返ってしまった。
 「・・・・・!!何やねん?さっきから!」立て続けの攻撃≠ノ、少しムッとして思わずその子を睨んだのだが、相手はわざと向こうを向いている。


 ・・・・・と、その瞬間、私は自分の中で、何かが【パチーン】と音を立てて弾けた様な、そして目の前が急に、無数の蛍光灯が点いたかのごとく、明るくなった感覚を覚えた。
 ハッと前を見ると数人の職員が、こちらを見てゲラゲラ笑っている。その中の一人は、さっきから体当たりをしてくる子の、母親であった。私は思わず、
 「こりゃ!何を笑っとるか?あの子、誰の子や思とるねん?」と言った。そしたら母親≠ヘ、
 「あんた見てたら、遊びたくなってくるんよ、きっと。」と、ニヤニヤしながら返してきた。
 あれ?そうなの?と私は思ったが、その瞬間、またもや先ほどの感覚に襲われた。そう。ちょうどスイッチが『カチッ』と入った様な、不思議な心地・・・・・。そして結果として私は、急にテンションが上がった≠フである。こんな【瞬間的変化】は、30何年生きてきて一度も経験した事が無かった。ほんの数秒前まで“ドン底モード”だった私が、一人の子どもから受けた【衝撃】によって、突如“パーティーモード”と化す・・・・・。


 その、“電撃デビュー”の子どもは、名前を七絵(ななえ)といった。この時14歳、中学2年生の女の子で、過去2回、職場のイベントやパーティーで顔を見た事はあったが、しゃべった事は無かった。初めて見たのは、この年のお花見の時。あまりのワイルドさに辟易し、「コイツとだけは絡むものか!」と恐れていた、あの相手である。『人生のオテンバ娘ナンバー・ワン』が、いきなりこの私に絡んできた・・・・・。これはひとえに、全く予期していなかった出来事である。一体どういう風の吹き回しなのか?不思議がることしきりだったが、とにかく、予想外の【ゲストキャラクター】の登場によって、私は見事立ち直りを見せたのである。あれほど空振りに終わっていた気分転換が、一人の女の子からの“エネルギー”によって、突如成し遂げられた・・・・・。
 本当に人生、何が起こるか分からない。


 パーティーが始まってからの私は、終始盛り上がり、楽しむ事が出来た。特に一番の目玉であったライブとダンスの時には、前の方(一番前にステージがあった)にいる事が多く、後ろの隅っこで辛そうな顔をしているなんて事は先ず無かった。設営班長や記録係としての仕事も、満足にとは言えないだろうが、こなせたのである。
 全ては七絵(ななえ)の存在が大きく物を言っていた。朝の時点では、気が遠くなりそうな程長いと思われたパーティーの時間も、あっという間に流れ過ぎた。そして、一日を通じていろんな人と絡んだ中で、最も多く絡んだ相手が、七絵となった。終始彼女のほうから絡んできた中で、私のほうもどんどん話しかけていって、2人でハジける時間が多くなったのだ。


 こうして、【人生最悪の】一日になると信じていたクリスマスパーティーは、予想を覆す大成功に終わった。みんなのお陰だったし、参加者にも感謝したが、何と言っても一番大きな力となったのは、七絵だった。改めて、本当に思いがけない事である。七絵がパーティーに来る事自体は事前に知っていたが、実は名前も、直前に人から偶然聞くまでは知らなくて、当日絡む顔ぶれの中にも全く入っていなかった。思えばこれが良かったのかも知れない。事前に予想していなかったから、心にストーン!と、ストレートに印象が飛び込んできたのだろう。そして驚きと新鮮さでもって、受け入れる事が出来たのだ。
 もし七絵と絡む事が想定内だったならば、かえって最初から何の刺激にもならず、従って、テンションが上がる事も無かっただろう。


 結局私に必要だったものは、【まっさらな刺激】だったのである。そしてその役を買って出たのが、七絵という事になるのだ。
 もう14歳で、子どもとはいえ、結構大きくなってきている女の子が、いきなり私みたいな男に絡んできた事自体、十分新鮮であった。だけど・・・・・、私は思った。
 『もしこんな【悲劇】が初めから起こらなくて七絵と出会っていたら、果たしてこんなに印象に残っただろうか?』
 いや、その場合は、自分も最初から盛り上がっていて、みんなの輪の中に入っていただろうから、七絵に絡まれる事自体、無かった可能性が強い。というのも、私は七絵が突然絡んできた理由として、『あまりにも一人だけボケ〜と突っ立っていて、それが目に止まった』というのがあると思うからだ。従ってこの出会いは、【悲劇があって初めて実現した】と解釈するのが、一番正しいと思う。
 ともあれ、『スイッチ』になってくれた七絵には、心から感謝である。大事な日の自分の、『救世主』になってくれた。深い気持ちで、「ありがとう!」


 パーティー終了後、前日運んできた備品や会場で出たゴミを持ち帰るため、車で職場に向かった。
 私は車の運転が出来ないので、たまたま駐車場から出発しようとしていて、私に「乗るか?」と声をかけてくれた職員の車に同乗したのであるが、何と運転していたのが、七絵の母親だったのである。そして助手席には、当の七絵が乗っていた。


 「あれーっ?また一緒になったぁ!よくよく今日は巡り合わせがあるな〜。」
 私は内心、この思いがけない『番外編』を大変喜び、幸運に感謝した。果たして車の中では、七絵と“七絵母”と私と3人でひたすら盛り上がり、七絵は相変わらずフランクに私に絡んできて、屈託のないキャラクターを見せていた。そう。本当に七絵は、『屈託の無い』の見本市の様な、明るくて率直な人柄だったのだ。あまりにも自分に無いものを持っているので、羨ましくさえ感じた。これまで35年以上生きて、いろいろな人たちと出会ってきた私だが、七絵ほど屈託のない人物とは、後にも先にも出会った事が無い。
 車の中で、七絵母が、「今日は楽しかったかぁ?」と訊いてきた。私は思わず、
 「楽しかったけど、実は今日は、本当ならパーティーに来れなかった様な状況でして・・・・・。」と、自分でも思いがけず、トロの容態の事を話した。そしたら七絵母は、
 「へー、それは可愛相やなぁ。何やったらウチの犬あげようか?」と、とんでもない事を言ってきたのである。私は思わず、
 「何でやねん!」とツッコんだが、七絵一家も犬を飼っているという事が、この一言で分かった。


 分かったといえばもう一つ、実はパーティーが始まる前、七絵が私に、「暇やから絵を描きたい。紙ちょうだい。」と言ってきた事があった。私が画用紙を渡すと、たった2分ぐらいで、『サササササ』と、あるキャラクターの絵を描き上げたのだが、それは実際、なかなか上手いものであった。この結果、七絵に絵の才能がある事も発見出来たのである。


 長く、密度の濃かった一日。最後は職場横にあるエレベーターのとこで、七絵親子と別れた。エレベーターのドアが閉まっていき、姿が見えなくなる七絵と、見送る私。その、ドアが閉まる瞬間、どうにも形容のしようが無い名残惜しさが、心を覆っていた。やはりそれだけ、今日という重要な一日にとって、七絵の存在が大きかったのだ。
 「バイバイ」 一言かけた声が、やけに乾いているのを感じながら、私はある事に気付いた。それは、


 『人間というのは、普通に何事も無く、楽しい時に思いがけない出会いがあっても、あまり心に残らず、スルーしてゆく。しかし、悲しみなど、失意のドン底にある時の思いがけない出会いは、鮮烈に心に残る。』


 この日を通じて得た、大きな教訓である。こんな数奇なクリスマスを、私は一生忘れる事はない。そして・・・・・、
 愛犬トロは、この日は生き延びていた。少し回復状態にあるという事で、余命いくばくも無い事に違いはないとはいえ、心底ホッとしたものである。
 お陰でパーティーの日と、トロの“命日”が重ならなくて済んだのだった。トロよ、よくぞ頑張ってくれた・・・・・。





前のページに戻る 『愛犬からの恩返し』と感じた時・・・・・に進む



思い出を遺す エッセイの部屋へ               我が心のバレンタイン もくじへ