我が心のバレンタイン:青春 八重桜物語
エピローグ −遺書にしてもいい様な体験記−

 2009年2月24日夜・・・・・、私は再び、『ちゃんこ鍋酒兵衛茶屋』に来ていた。
 延び延びになっていた新年会をようやく行うためで、さすがに2月も下旬になって新年会というのは異例の遅さであるが、とにもかくにもみんなで集まって、鍋を囲んだのである。
 これより8日前に、私は介護福祉士の筆記試験に合格していた。だからもし七絵が来たならば、取りあえず筆記の分だけでも、七絵の大学入試と『合格揃い踏み』が実現出来ていたところだが、残念ながらこの日は来なかった。オカンがどうしても仕事で遅くなり、参加出来なくなってしまったので、七絵も来れなかったのである。心残りは勿論あったが、『今年の再会』の喜びは、また次に取っておこうと思った。この時点では実技試験がまだだったし、折角だから全部合格した後の方がいい。
 ちゃんこ屋に来れない事を、七絵は大層残念がっていたらしい。という事はつまり、それだけ気に入ってくれているという事で、大変嬉しい限りである。


 先の事は何も分からないが、今後、うまくいけばこの『ちゃんこ鍋酒兵衛茶屋』が、七絵と再会する舞台≠ニして、定着する可能性がある。七絵との決まった再会場所が出来るなど、夢のまた夢だと思っていた事を考えれば、本当に画期的な話である。「またここで逢えるだろう」という希望を持てる様になったから、2月に逢えなくても、過去に逢えなかった時ほどの激しい絶望感は、感じずに済んだ。ちゃんこ屋に七絵を誘ってみて良かったと、つくづく思った。
 ちなみに、かつての再会場所であったクリスマスパーティーでも、実はもう一度、再会出来るはずだった時があったらしい。
 2007年、オカンが退職した年のクリスマスパーティーがそれで、あの時、確かオカンが受付にひょっこり姿を見せていたのは、私も会って話をしたのでよく覚えている。だがこの時、本来なら七絵も一緒に来るはずだったというのだ。直前で都合が悪くなったのだとか。後から人に聞いた。


 これからも、年の暮れには七絵とオカン、それにK子姉さんらに年賀状を書き、正月になれば初詣に行って、「今年も七絵と再会出来ます様に」と祈る、そういうパターンが続いていくのだろう。『恒例行事』にも支えられながら、私の人生は進んでいくのだ。そして七絵の人生も・・・・・。
 この先、七絵にどんな出会いがあり、なにで活躍をして、どの様に未来を切り開いてゆくのか。まだ若い七絵の将来にも関心があるし、こんな自分でも何か力になれる場面があるのなら、バックアップやフォローをしたりするのが、それこそ当の七絵自身に対する恩返しとなる。
 そしてもし、七絵が誰かと結婚して子どもに恵まれる事があれば、私はその子どもにも、自分の存在を覚えてもらいたいな〜、と思っているのである。
 七絵お母ちゃんが子どもに言う。「この人なぁ、昔、お母さんが子どもの頃に何度か遊んでた、根箭おじさんやで。」 ・・・・・目に浮かんでくる様だ。


 今、私は仕事の面では、充実した日々が続いている。いっ時のスランプから1年半、あれから新しい仕事との出会いもあり、今後もますます、仕事における活躍の場は、広げていけるだろう。年を取って、疲れが残りやすくなってはいるが、それでもせっかく生まれてきたからには、たった一度の人生。自分の存在が役に立つという場面を、増やしていきたいものである。


 まだオカンが在職していた頃・・・・・。私はいつでも、次に七絵と逢える日が来るのを励みにして、仕事に打ち込んでいた。そんな、バリバリ仕事に励む姿が、自分でも“冴えている”と映った。
 何かがあって、七絵の事で頭が一杯になった時ほど、一見何事も無いような顔で仕事に集中する事が、己(おのれ)を高める、一番の発奮材料となっていた。ことにオカンの前では、『余計なことを考えず、やるべき事をやる』という姿を、内心アピールしていたものだ。そうして毎年1回〜2回、七絵と再会出来る日が訪れた時・・・・・、それは私にとって、毎日頑張った事へのご褒美だった。逢える事が何よりの、自分へのご褒美だったのだ。そしてそのご褒美は、この春にもまた、訪れようとしている。


 七絵と出会って5年。この間、公私ともいろいろな事があった。今改めて、記憶が走馬灯の様に蘇る。成功体験も失敗体験もたくさんあったこの5年間であるが、私が思うに、昨年12月の、『電撃カラオケ再会』を境に、人生は上昇気流を向いている。あの後私は、立て続けに大きな役割、重大な局面を体験した。イベントでの役割、主催講座での講師の仕事、介護福祉士の筆記試験・実技試験、その間にいとこの結婚式に参列・・・・・。これら全てで、ベストの結果を出せたのである。
 こんなにも『成功気流』が続く事は極めて稀で、七絵との“再会効果”なのではないか?と思えてくる。これからも今の流れを大切にして、浮かれる事なく、しっかりと地面を噛み締めて前進していきたい。そして『成功体験』という事では、この5年間を通じて、これこそが最も大きい。それは、


 『七絵との縁が途絶える事なく、今に至るまで続いている』


 これを忘れては、他に何も語ることは出来まい。私はこんにちまで、まさに“綿の先を紡いで糸を伸ばす”かのごとく、七絵との縁をつなぎ止めてきた。本当に、ほっといたらいつ縁が途絶えても、おかしくなかった。どの時期でも、七絵と完全に行き来が無くなる状況とは、背中合わせだったのである。それを辛うじてでも、途切らせずにつなげてこれたのは、運の良さもさる事ながら、私自身、巡ってきたチャンスには必ず飛び付き、逃さない様にしてきた点が大きい。自らが切っ掛けとなる事が難しい分、訪れてきた数少ない切っ掛けを掴み取り、発展させる力は必要不可欠だった。
 運にも感謝、神様にも感謝だが、最も感謝すべき存在というのは、直接切っ掛けを与えてくれた、オカンなのかも知れない。そして私自身も、出来る範囲で努力して接点を持ち続け、ある時は特技も駆使しながら、七絵の“メモリー”に印象を送り届けてきた。日頃、あまり自分を褒めない私も、この事ばかりは自分を褒め称えてやりたい。今、心からそう思う。と同時に、改めてつくづく実感している。
 『七絵は、私の人生におけるスイッチだ』と。
 今後も、要所要所で私の前に姿を見せ、『成功気流』を吹き掛けてくれる様、祈る次第である。


 私と七絵には、前にも触れたが犬好きという共通点がある。
 七絵の家でも犬を飼っており、何度かオカンに写真を見せてもらった事があるが、ある日、一度オカンが私に用事があって家の前まで来た時、一緒に犬を連れてきた事があった。それはもう、本当に人懐っこい犬で、私の顔をペロペロなめる喜びっぷりは、ハナ以上(?)であった。オカンからは一時期、「毎週、うちの犬の散歩を手伝ってくれへんか?」と頼まれた事もある。さすがに時間的にはキツイものがあり、この話は立ち消えとなったが、それでも一瞬、引き受けようとも思った。もし引き受けていれば、私は定期的に七絵の家に行く事となって、本人に会えるチャンスも当然、増えていたであろう。


 その昔、去りゆく愛犬が授けてくれた恩返しが、七絵だった。そして現在、私には愛犬ハナがいるが、毎日元気で過ごし、私が来ると喜色満面の表情で迎えてくれる。やはり犬の存在は支えになる。その一方、一時期私の職場に定期的に勤務≠オていて、ペットロスに苦しんでいた当時の、せめてもの慰めになっていた盲導犬イングリットは、高齢による病気のため、2008年9月に逝ってしまった。七絵も何度か会って可愛がっており、訃報を聞いた時は、本当に寂しかったものである。

ハナ近影。ハナと七絵の『恩返し同士の対面』
は、果たしてあるのだろうか?

 ・・・・・いろいろなエピソードが詰まった『バレンタインの物語』も、いよいよ結びの時が近付いてきた。
 この物語は、いずれ私が死ぬ時、意識が無くなる直前、最後に思い出していたい出来事である。
 「七絵からな、チョコレート預かっててん。バレンタインの。『根箭さんに渡しといて』って」
 オカンからこの一言を聞いた瞬間の、あの歓喜に満ちた情景を再現させながら、そのまま意識がフェードアウトしていってほしい・・・・・、これが、死を迎える段での私の望みだ。そこまで思えるほどの特別で、かつサプライズな想い出に恵まれた事を、今改めて、心から嬉しく思っている。


 読者のみなさんの中には、「本命ならまだしも、義理チョコだけでそこまで嬉しいのか?」と、疑問に思う方もおられるかも知れない。それは確かに、本命はまた別格となるのだろうが、義理チョコだって一つの大きな、自分が認められた証だし、もらえるのは大変嬉しいものである。相手が私の事を思い出してくれて、買う瞬間だけでも、その人の中で私が主役≠ノなっているわけだから・・・・・。
 特別な人から、そんなふうに『認められる』体験なんて、決して当たり前のようには出来ない。
 物が大きくなくても、扱いが特別でなくても、軽い気持ちからであっても、地味な動機からであってもいい。思い出してもらえて、顔を思い浮かべてもらえる事が、まずは幸せで心を満たし、その上で何か形に残る物も与えられたなら、さらなる喜びの頂点を、味わえるのではないだろうか?


 賛否両論はあると思うが、一人の『中年のオッサン』の考え方として、受け流しておいて欲しい。
 私なりの『幸せ観』を述べたところで、この物語は終結とさせていただく。


 最後に、いずれ私がこの世を去った後は、本作品を『遺書に相当する物』として扱って下さる事をお願いしたい。少しでも本作品を読んで下さった方に、心から感謝申し上げる。有難うございました。


(完)



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