我が心のバレンタイン:青春 八重桜物語
愛用のパソコンは伝書鳩となって・・・・・

 “トラブル転じて福となした”体験をしてから1ヶ月後の、2007年6月、私は仕事の休憩時間にオカンと立ち話をしていて、どういう流れからか、電話代が毎月どのぐらいかかるかという話になった。私が自分の場合の金額を言うと、オカンは「安いな〜!」
 私は、「まあ一人だからね。そんなに通話もしないし、自分から電話やメールをしまくるのは好きじゃないから。」と答えた。
 「うちはね〜、お子ちゃま2人の携帯代がバカにならないわよ。いろんなサイトを見たりするしな。」と言ってきたので、私は思わず、
 「サイト?携帯よりはパソコンから見る方が、安く済むん違うの?画面的にも見やすいし。」と訊いた。オカンは、
 「いや、だからうちのパソコン、壊れてて使えないって言うたやないの!この前。」
 キッ!という様な顔をして言ってきたのを聞いて、私は思わず、「ハァ?」
 確かに、前に一度そういう話を聞いた事はあるが、余裕で丸1年前の話だ。だから、ナンボなんでも今は直ってるやろうと思って訊いてみたのに、あろう事か「この前」とか言われたものだから、
 「なんやねん!まだ直ってなかったんかい!」と思わずツッコんだ。オカンは、当たり前じゃ!と言わんばかりの顔をして、「そうや。」と言ってきた。


 ここから、『パソコン伝書鳩物語』がスタートする。私は一見冗談に聞こえる言い方で、
 「うちに一台要らんパソコンがあるねん。それ、やろか?」と訊いた。オカンも当然冗談だと思っているから、「うん!ありがとう。」と一言で答えたのだが、私の中では本当にあげる事を決めていた。
 当時、私の家には実際に、もう使わないノートパソコンが1台置いてあった。まだ実家にいた2002年秋に購入して以来、約4年間愛用していたのだが、買った時点では作るなんて考えてもいなかったホームページを、その後開設し、中身がどんどん増えるに従って、すっかり容量不足になってしまった。そのため、昨年夏に新しいデスクトップのパソコンを購入。ノートパソコンは、壊れてはいないので予備として取っておいたが、最早出番は無いものと思われた。


 「ちょうどいい。これをオカンにあげよう。そうすれば、七絵だって当然使うわけだから、パソコンを開くたびに、一瞬でも俺の事を思い出すかも知れない。」
 私は早速、データの移管や消去、それに環境最適化などの各種設定を、約1週間かけて実施した。そしてすっかり中身を整えた後、オカンに渡したのである。
 オカンの家のパソコンは、七絵の部屋に置かれているという。だから私のパソコンも、これからは七絵の部屋で『第二の人生』を歩む事となる。
 「これはすごい事だぞ!」と思った。
 私が長年愛用したパソコンが、七絵のもとにゆき、七絵が日頃使うパソコンになる。それだけではなく、置かれる場所が七絵の部屋になれば、このパソコンは私の実家時代の自室で過ごし、一人暮らし後の自室で過ごし、そして七絵の自室でも過ごす、見事に3つの部屋を網羅する事になるのだ。
 こんな生き証人ならぬ生き証物は、ほかに絶対に現れないであろう。


 パソコンを渡した後、私は胸が躍る様な気分になった。自分の分身に近い存在でもあったパソコンが、七絵の物になるというのが、やはり特別すごい事に感じられたのである。今後、万が一にでも、再びこのパソコンを見る事は無いと思うが、私の部屋から届けられたパソコンが、七絵の部屋で生き続ける事によって、何らかの『つながり』を築いたという思いは強かった。
 『つながり』といえば、これで七絵も、自宅からインターネットにつながる様になる。実は、私はかねがね一度でいいから、自分のホームページを七絵に見てもらいたいと思っていたのだ。実際に会う事が無いぶん、インターネット上で『接点』があるというのは、この上なく魅力的だし、夢のある話であった。心細さもグンと少なくなる。

『伝書鳩』となったパソコン。
今も七絵一家の役に立っている。

 パソコンの中身を整理した際、私はお気に入りの中に、ちゃっかり自分のホームページを加えておいた。しかも、「ねやたろーのホームページ」という名前をつけて・・・・・。
 これまで私が保存していたデータは削除したが、代わりにありったけの思いと、七絵へのメッセージ≠保存して、いざオカンに手渡したのだった。


 ・・・・・私のパソコンは伝書鳩となった。決して画面上には現れる事が無いメモリー≠満載にして、私の手元から七絵の手元へと渡っていったパソコンは、まさに伝書鳩だ。
 これからは、七絵(一家)が保存するメモリーが、かつての私のハードディスクに蓄積されていく事となる。長く私の部屋を見守ってきたパソコンは、今後は七絵の部屋を見守っていくのであろう。伝書鳩よ、後は託したぞ!


 ゴムまりもぬいぐるみもアクセサリーツリーも、それなりに役に立つ場面はあるかも知れない。だけど、やはり実用性・日常性という点では、パソコンに勝る物はないだろう。そういう意味では、私は同じ贈り物でも、その後、贈り主の事を思い出す機会が最も多い物を、贈れたのだった。




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