我が心のバレンタイン:青春 八重桜物語
空振りの若作り″戦、【眼鏡物語】

 ホワイトデーのプレゼントは、果たして役に立ってくれるだろうか?そんな事を漫然と考えて過ごしている内に、早くも今年のお花見の季節がやってきた。先月から今月初めにかけては、日が経つのが早い。
 私は、「恐らくこのお花見が、七絵に逢える最後の機会となるだろう。」と思っていた。少なくとも“お花見”としては、間違いなく最後になると確信していた。
 いよいよ今月から高校生になる七絵だが、4月の内は、まだ入学したばかりだから、友達もそんなには沢山出来ていないだろうし、気分も中学時代の延長の様なところがあると思う。しかし来年はもう、完全に女子高生である。かつて野生のごとく=A大暴れをしていた姿が懐かしい。


 さて、そんな、『最後の再会』となる可能性大だった今年のお花見では、私は、先ずは七絵の高校入学を祝ってパーッとハジけると共に、あるささやかな若作り≠行おうと決めていた。それは、『眼鏡を変える事』である。地味ながら意外と目に止まりやすい箇所である眼鏡を、私は買い換えようと思ったのだ。最も一つには、今まで掛けていた物が傷んできたから、というのがあったのだが。
 このころ、私は職場でも同僚たちから、「根箭さん、眼鏡変えぇな。」と言われていた。「今の眼鏡、ちょっとオッサンくさいで。もっと若々しく見えるやつに変えたほうがええわ。」と、ひんぱんに言われていたのである。それも追い風となって、来たるお花見では是非とも新しい眼鏡を披露したいと、意気込んだのだ。日頃から眼鏡の事を言ってきている人は、きっと気付いてくれるだろう。そしてみんなに注目されて盛り上がる中で、本命℃オ絵にも気付いてもらえれば、これほど最高の舞台は無かった。


 お花見のちょうど1週間前の日曜日、私は自宅から程近い駅前の眼鏡屋へと足を運んだ。そして店に入るなり開口一番、
 「すみません。一番若々しく見える眼鏡を下さい!」と言ったのだ。
 『一番若々しく見える』・・・・・。こんな言葉を、私が口にする事があったのか?眼鏡屋の店員に言ったその端(はな)から、自分でビックリしていた。


 「もっと若々しく見せろ」、「オッサンくさい」
 この2つは、思い返せばもう高校生の頃から、幾度となく周囲の人に言われてきた言葉である。ちょっと何かあるたびに、「太郎、若さが無いぞ」と、一体何度言われた事か分からない。だが、それに対して私は、自分を若く見せる努力をしたいとは、思わないところがあった。何故か?実は心の奥深くから、抑えようのない違和感や“恥ずかしさ”が沸いてくるのである。
 これはファッションに気を遣う事についても言えるのだが、『若く見せる』という事が、イコール『異性の気を引こうとする行為』、もっと言えば、『今気になる異性がいる事をアピールする行為』というふうに、自分の中では映ってしまうのだ。
 私も元々は、普通に若さを表に出す人生を楽しんでいた。しかし、恋の喪失体験を重ね、慢性的な自信喪失に陥るのと比例してどんどん老け込む様になり、気が付いた時はもう、若くある事を歓迎する自分が、完全に消えていたのだ。自ら若く振る舞おうと頑張ってみても、その都度、途端にブレーキが掛かった。それも、アクセルをも根こそぎ破壊してしまう様な、強烈なブレーキがである。
 やがて歳月は流れ、いつしか私の年齢も30の坂を過ぎた。


 『一番若々しく見える眼鏡』を、店員が持ってきてくれた。
 「これはフレームも明るい色だし、デザインも今流行りのタイプなので、若く見えると思いますよ。」
 店員オススメのその眼鏡を、私は早速掛けてみた。なるほど、確かに印象は今までのと全然違う。「ヨシ、これを買おう」と決めた。
 眼鏡は高い買い物である。今回も値段はハズんだが、いざ購入し、お花見当日をお披露目と設定すべく、それまでは専ら一人でいる時間帯に掛けていた。
 『自分が若く見える』という事が、ここまで楽しみに感じられるのは、通常なら考えられない話であり、まさに天地が引っくり返ったと言っても大袈裟ではなかった。


 晴れてお花見当日・・・・・。
 天気も昨年に続いて快晴。文字通り、“晴れて当日”だった。眼鏡を含め、準備もバッチリで、今年は場所取り班になったため、3年連続会場となった万博公園の、開園30分前に集合した。既に物凄い混雑で、「こりゃ相当気合いを入れてダッシュで行かないと、場所は取れないぞ」と思ったものであるが、“俊足ランナー”がダッシュをしてくれて無事に確保!後は参加者の到着を待つばかりであった。


 ・・・・・七絵は来なかった。オカンが介護の仕事が入ってお花見に参加出来なくなり、従って七絵も来ないことになったのだ。
 実は、前の日に事務所で参加者の最終名簿を見た時点で、オカンと七絵の名前が無いのを発見していた。その瞬間は全身が固まり、顔もこわばって目の前が真っ暗になった。恐らく鏡で見たら蒼白くなっていた事と思うが、もちろん誰にも見られない様に、顔を机のほうへ向けていた。
 私は七絵に会ったら、真っ先にバレンタインのお礼を言うつもりでいた。ちょっと照れるだろうし、まっすぐに相手の顔を見れるかどうかも分からないが、人から物を貰ってお礼を言うのは当然の礼儀だし、格別なる心を込めて、お礼を言う決意でいたのだ。
 七絵には逢えなかった。お礼も言えずじまいで終わった・・・・・。


 去年とは打って変わって、桜は満開であった。まさに完璧。贅沢三昧とは実にこの事だと言えるぐらいの、超満開である。
 私は、去年のお花見の後にくれた、七絵からの初めてのメールを思い出していた。
 「来年は枯れないうちに行こう。」
 携帯の受信履歴からは既に消えていたが、文面はよく覚えていた。『来年は枯れないうちに』。
 そう。だからこそ今年のお花見は、満開とまでは言わなくとも、ある程度咲き誇っている時期に行く事に、こだわっていたのだ。会議でお花見の日程を話し合った時にも、「とにかく散っていない時に行きたい。」と、一人吠えていた。そして結果的に、職場全体のいろいろな都合も重なって、散っていない時≠ヌころか、まともに満開の時が当日となったのである。


 今年もバドミントンの道具は持って行った。だけどプレーしたのかどうか、全く憶えていない。
 取りあえず、私の心の主役≠ェ不在な中、花だけは満開を誇っていたが、そんな桜とは裏腹に、『再会の夢』はあえなく散っていった。
 咲く花と散る夢の、コントラストの妙・・・・・。
 これもまた、人生の人生たる部分である。


 新しい眼鏡については、結局この日に気付いた人は、誰もいなかった。
 初めて誰かが発見してくれたのは、その後何週間も経ってからだったと思う。


皮肉なまでに完璧な咲きっぷり。生まれてこの方、ここまで見事に咲き誇った桜は見た事が無かった。




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