我が心のバレンタイン:青春 八重桜物語
早まった決断、ホワイトデーの『逆勘違い』

 チョコレートはおいしかった。
 もの自体は、いつでも店に行けば手に入る、普通のチョコレートである。しかし、七絵からのプレゼントとあって、味は格別なものに感じられた。
 「こんな特級の思いを味わえるのが、俺の人生だったんだな。」と思った。


 さて、バレンタインを体験出来た事で、思いがけず七絵自身によって、もう一度ひと月後に七絵と接するチャンスを、得る結果になった。
 ホワイトデーである。
 通常、私はホワイトデーというものをあまり意識しない。義理チョコのお返しを渡した事は過去に何度かあるが、それを当日前から楽しみにしていた事は、正直無かった。今回初めて、『ホワイトデーが待ち遠しい』という気持ちを、体験する事となった。


 私は、ある大胆なプランを立てていた。それは、ホワイトデーのプレゼントを買いに行く際に、七絵本人が同行する形をとる≠ニいうものである。
 過去に、女友達から誕生会に呼ばれてプレゼントを買う時にも、何にしようか散々悩んだ事があったが、今回のホワイトデーでは、それこそ最大限に悩み、迷う事になるのは十二分に予想された。何といっても一生に一度の、スペシャルなホワイトデーである。この唯一無二のチャンスを、ぜひ失敗の無い、恥もかかない形で完結させたいと願うのは、当然であった。
 ただ、それだけが理由で七絵の同行を望んだのかというと、正直、そうではなかった。私の中に、
 「一生に一度だけでも、七絵と行動をともにして、一緒に時間を過ごす体験をしたい。」
 という切なる思いが、胸の奥からフツフツと沸いてきたのである。
 本来なら、『人を誘う』・『自分に付き合ってもらう』といった行為に及ぶのは、性格上皆無であるはずのこの私が、この時に限っては、一世一代の大仕事とばかりに、自分を180度引っくり返す決断を下したのだった。


 もともと七絵が自分からバレンタインをくれた分、そのお返しのために一日付き合ってもらう事を拒絶される可能性は、少ないだろうと楽観視していた。そしてホワイトデーはちょうど春休み、それも卒業後の春休みだから時間はあるだろうし、運よく私自身も公休日である。何より、こういう機会でもなければ、自分から七絵を誘う事はとても出来ない。何も無いのに突然『僕に付き合って』とは、口が裂けても言えないから・・・・・。こういう経緯に恵まれた今回は、千載一遇のチャンスだった。
 もう一つ、私がこの行動に踏み切るのに、結果的に追い風となった出来事が、実はある。それはこの間、七絵が事務所に来た時に起こっていた。あの時、私と何分か話をしていた中で、七絵が「ウチ今から、□□の店に行って、△△を見たいねん。」と言った。私が「へー、そうなんや。」と返すと、次に七絵が言ってきたひと言が、
 「一緒に行く?」
 私と自分(七絵)とを交互に指差しながら、訊いてきたのである。
 私は内心「えー!?」と驚きながらも、口では「今、勤務中」と言って、結果的には断った。だが、もしあの時が自由時間で、私が「行く」と答えたならば、本当にそのまま2人で出かける展開になっていた可能性がある。七絵の性格からして、社交辞令だけで人を誘う事は、ほぼ有り得ないと思うからだ。


 その様なやり取りがあったものだから、私もこの『ホワイトデー同行』に関しては、より一層「希望的観測を持てる」という気持ちでいたのである。そしてチョコレートを受け取った翌日の晩、オカンの携帯にメールを送るという手段で、このプランを本人に伝えた。送信ボタンを押す瞬間、私は携帯を使い始めて8年の中で、一番ドキドキした。送信完了後は、「とうとうやったぞ!いや〜でもよくやった。」と、自分で自分を褒め称えたい気持ちに、なったものだった。
 もし・・・・・、これで本当に七絵と買い物に行く夢が実現したら・・・・・、それこそ【バレンタイン大シリーズ】として、なおさら自分の生涯で特級の思い出となる事は、先ず確実であった。果たして、結果はいかに・・・・・?


 返事はその日の内には来なかった。
 まんじりともしない夜を過ごした後、翌日になって、遂に返事が来た!!その内容は、
 「誘ってくれた日は別の予定が・・・・・。それと、お気持ちだけで、ありがとう。」


 ・・・・・、「アーーッッ!!」
 先ずもって顔面中が引きつり、次の瞬間、ドォーーッと力が抜けた。
 「結局・・・・・、断られた・・・・・か・・・・・。」
 別の予定が入っていたのは仕方が無いとして、私が特に『重く受け止めなくてはならない』という気持ちで読んだのは、後半の部分である。


 『お気持ちだけで、ありがとう。』
 この言葉は、一般に女性が自分を誘ってきた男に断る際の、定番文句である。私自身、過去にもやっとの思いで異性を誘ったところ、この言葉で断られた事があった。ほかには、「またいつか機会がある時にね。」、「もし途中で急に仕事が入ったら困るから。」といった言葉で、断られた事がある。
 「やっぱり、ちょっと勇んだ行動を取り過ぎたかな・・・・・?」 私は調子に乗った自分を反省した。
 それにしても、『お気持ちだけで』というのは、七絵らしからぬ“大人の断り方”。私はショックというよりも寧ろ、驚きを隠しきれない気持ちになったのだが、考えてみれば、七絵はもう今年で16歳である。なまじ『子ども』という認識しか無かったがために、どうしてもどこかで『子ども扱い』をしていたのだろうが、私の知らないところで、着実に大人になってきているのだ。
 このメールによって、私は初めて七絵の中に、“大人を感じる”事となった。そして、「もうこれで当分、私にメールを送ったりする気には、なれなくなったのではないだろうか?」と、その胸中を察したのである。


 しばしガクッとした気分を引きずるのは避けようがなかったが、取りあえず『沈滞モード』から回復してくると、突如、私はある事をした。それは、永久保存をするつもりで残しておいた、チョコレートの入っていた箱や紙袋を、一気に捨てるという行為だ。
 「このあたりで、気持ちに区切りを付けなければならない。何時までもバレンタインの形見≠残していたのでは、今日のこの結果を受け入れかねている様に見えて、いかにも未練がましい。だから形見は捨てるべきだ。」と、なにか発作的に行動を起こしたのである。そして、ホワイトデーにお返しをする事自体も、「一度七絵が『お気持ちだけで』と言ってきているのに、さらにしつこく、何か受け取ってくれる事を求めるのは迷惑だ。」と、七絵の気持ちをおもんぱかり、一切を取り止める事にした。


 それから12日後、3月13日=ホワイトデー前日の夕方になって、私は職場の同僚から訊かれた。
 「根箭さん、ホワイトデーにあげる物は、もう買ったのですか?」
 「いいや、何も買わない。」無表情で答えると同僚は、
 「えー、どうしてですか?確か七絵ちゃんからも貰ってましたよねぇ。何もあげないんですか?」
 私は一瞬答えに窮したが、結局力の無い声で、
 「うん。何となく、あげない方がええん違うかという気がして・・・・・。」とだけ言った。すると同僚はかなりハッキリした口調で、こう言ってきた。
 「私はあげた方がいいと思います。私も女性としては、やっぱりもらえる方が嬉しいし。・・・・・うん、七絵ちゃんには、あげた方がいいな。」
 “女性として”、同僚は意見を述べたのであった。何となく、私の心の迷いを見透かされた様に感じたのは、気のせいだろうか?


 結局、そのひと言によって私の決断は覆り、一転、ホワイトデーのプレゼントを買う事にしたのだった。今からだと、もう明日がホワイトデー当日だから、時間がない。明日は休みであるが、もともと温めていた、七絵と買い物に行くというプランが幻に終わった事で、前日である今日は、夜勤の仕事を入れていたのだ。従って、明日は夜勤明けの状態で買いに行く事になる。
 「こりゃちょっとキツいな・・・・・(笑)。」と正直思った。


 翌日、私は一度家に帰って仮眠を取った後、年のせいかまだ疲れが取れない中を、大型ショッピングモールに出かけた。
 「それにしても、土壇場で何か買う事になるとは、思いもしなかったな。」
 そう思いながら、先ずは義理チョコをくれた他の人たちの分のお返しを買った。こちらは割りとすぐに選べたと思う。そしていよいよ、七絵の分である。
 今回、七絵にとってはただの義理チョコでも、私にとっては、いわゆる“本命チョコ”をもらった場合と同じであろう喜びを感じていた。だから、ホワイトデーにも特別に選んだ何かを贈りたかったのであるが、やはり選ぶのは難しい。なかなか決まらないまま3時間が経過した。段々足も痛くなってきたが、最後はようやく一つに決める事が出来た。それは、『アクセサリーツリー』である。名前の通り、いろんなアクセサリーを引っ掛けて、無くならない様にするものであるが、間もなく化粧やアクセサリーに興味を持ち始めるであろう七絵にとっては、決して的外れの物では無いと思った。先月に会った時、私が最後、七絵を店まで迎えに行って事務所に戻る途中、一件寄り道をした店で見ていた物というのが、化粧品やアロマ、それにアクセサリーだったのだ。


 「ヨッシャ。やっと選べたぞ。さあ、果たして喜んでもらえるかどうか・・・・・。だけど、去年の誕生日と今年のホワイトデー。1年以内に2回も七絵のプレゼントを買うとは思わなかったな。しかも、いずれも直前に買う切っ掛けが来た。」
 そんな事を考えながら、どこか神妙な心持ちで帰路に就いた。


 明けて3月15日、出勤した私は昼休みにオカンにプレゼントを渡し、その時のオカンの嬉しそうな顔を見るや、「これは七絵にも好意的に受け取ってもらえる!」と確信した。やっぱり買って良かった。ホッと安心したところで私はオカンに、
 「今年は七絵からのバレンタインが一番予想外でした。よくぞくれたもんだと思います。」と心の内を話した。そしたらオカンは、
 「あーそ〜お?」と意外そうに答え、続いて「ほら、あんた写真くれたやんか。色々コメント書いたやつ。あれがすごく面白くて、印象に残ったからというのが、あったみたいやで。」と言ってきたのだ。
 「写真・・・・・?ああ!!へ〜え!」
 実は、私は1月の半ば頃に、七絵に沢山の写真をプレゼントしていた。それは去年のクリスマスパーティーの写真で、あまりにも『不満指数』が高かったパーティーに対して、せめて『番外編』を設けて楽しんでもらおうと、夢中になって作ったのだ。写真にいろいろコメントを挿入し、面白おかしく加工したのであるが、『本編』での大失敗を埋め合わせるべく、番外編の制作には必死だった。
 クリスマスイブまでには完成したが、渡す時期を敢えて1月中旬としたのは、その頃が入試直前の、緊張がピークに達する時期だと予想したためで、少しでも気分転換の手段になればと思ったのだ。


 「そうか。あの加工写真が効いて、そのお返しの意味でのバレンタインだったのか・・・・・。」これはまた、耳寄りな話を聞いたものである。
 「本当に作った甲斐があった。俺はつくづく、“報われる男”だな。」改めて感無量の心地に包まれた。


 さて・・・・・、ここで一旦、話を先に進めさせてもらうが、これより先、私は七絵から何回もメールを受け取る事になり、その内にメールでの会話も続くようになっていった。文面から伝わってくる雰囲気も大変楽しそうで、およそ私に対して戸惑ったり敬遠したりしている様には感じられない。
 という事は、である。私は、別に捨てなくても良かったという事になるのだ。あの、チョコレートの箱や紙袋を・・・・・。
 あの時、とっさに捨てた理由は、「もう根箭さんとメールのやり取りはしたくない」という気持ちに、七絵がなったと思ったからだ。もしそんな事は無かったのであれば、捨てる必要も無かったのである。
 やがてその事に気付いた私は、
 「早まった・・・・・。」と、唇を噛み締めた。
 「早まった決断だった。ある意味大きな勘違いだ。」と、捨てた事を心から後悔した。


 普通は勘違い≠ニ言えば、例えば相手(女性)は社交辞令で言っているだけなのに、こっちが勝手に本気で受け止めてしまうとか、相手がちょっと愛想で声を掛けているだけなのに、「この人、俺に対して好意的なんだ。」と舞い上がったりしてしまう事を指す。
 今回の私はその逆だった。私のほうが、『相手に警戒心を与えたかも知れない』と一人で思い込み、実際はそうでは無かったのだ。言うならば、『逆バージョン勘違い』をしたのである。
 せっかく最初で最後のバレンタイン、そしてホワイトデーだったというのに、早とちりから逆バージョン勘違いをしてしまった私。
 『ホワイトデーの逆勘違い男』になってしまった。




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