我が心のバレンタイン:青春 八重桜物語
我が心のバレンタイン −32歳 青春八重桜−
〜「バレンタインがあって良かった」と一番感じた時〜

 七絵との出会いから1年2ヶ月、そして私が生まれてから32年7ヶ月。
 生涯忘れる事は無いであろう、人生最高の【サプサイズイベント】が、遂にやってきた。
 この作品のタイトルが『我が心のバレンタイン』なのに、一向にバレンタインの話が出てこないではないか!と思われていたみなさん、大変お待たせしました。ここでいよいよ、【本題中の本題】バレンタインの物語の登場です。


 2006(平成18)年のバレンタイン。私は、長く仕事で一緒にやっていて、毎年義理チョコをくれる仲間数名からチョコレートをもらった。そして、「自分はチョコレートが大好きだから、毎年義理チョコが手に入るというこの感触、悪くないよな。」なんて、ごく普通に喜んだりしていたのだが、そこへとんでもなく想定外の情報が飛び込んできた。
 バレンタインデーの数日後、朝、出勤してオカンに会った時である。オカンは私の顔を見るなり、
 「あー!しまった。根箭さん、ゴメン。忘れてた。」と言ってきたのだ。私は何の事かサッパリ分からず、思わず「ハア?」と訊いたところ、次に続いてきた言葉がこうだった。
 「七絵からな、チョコレート預かっててん。バレンタインの。『根箭さんに渡しといて』って。」
 「あ〜、そうだったんですか。まあ何時でもいいですよ。有難うございます。」
 どう見ても『大して興味ない』としか見えない様な、表情もろくに変えない態度でひと言返したのであるが、この瞬間の私の内心はこうであった。


 「エエエエエ〜〜〜????? うっそぉ〜!!!!! ゥワオォ!!!!!」


 先ず『七絵からチョコレート』と聞いた時点で、「え!何?今何て聞いた?」と思った。そして他でもない『バレンタイン』という言葉が出てきた時点では、内心雄叫びを上げて歓喜すると共に、「信じられない・・・・・!!」という気持ちになったのだ。
 まさかこんなスゴイ事が起ころうとは、全く夢にも思わなかった。一体誰が予想した事だろう?
 【自分が特別に想っている人から、バレンタインの義理チョコの相手に選ばれる】・・・・・。
 しばらくは夢見心地で、ピンと来ない感じだった。今思えばよくそんな状態で、そのあとの仕事を普通にこなした(多分)ものだと思う。今日はまだ受け取れない義理チョコであるが、もらうのが楽しみで仕方が無かったのは言うまでもない。これほど、人から何かもらうのを楽しみに待つという機会も、そう、多くは無いはずである。


 ここでふと思い出した。七絵にはついこの前、ここで会ったばかりではないか!あの日はまさに、バレンタインデーの直後だった。もしかして七絵はあの時点で、既にオカンにチョコレートを預けていたのか?もし預けていたのなら、それがもう私の手に渡っていると思っていたのか・・・・・?
 もしそうだとすれば、決して私が悪いわけではないし、オカンがどうこうと言う気持ちも無いのだが、七絵には是非お礼を言いたかった!!せっかくわざわざ買ってきてくれたのだから。


 『七絵が私を、義理チョコをあげる対象に選んでくれた』というのは、本当に画期的な事である。何しろ七絵は、実際には滅多に逢えない人なのだし、過去1年でも、たった2回しか逢っていないのだから。後日、その事をオカンに言ったら、「あれ?そ〜ぉ!」と、実に意外そうな顔をされたものである。それを見て逆に私の方がビックリしてしまったが、もし七絵自身が、実際に会った回数以上に私に会った気がしているだとすれば、それもまた超画期的な事だ。それだけ私の印象が、強く残っている事になるから・・・・・。
 一体七絵は、私のどんな場面を思い出し、どんな表情をしながら、義理チョコを買っていたのだろうか?想像するだけでドキドキする。


 素晴らしいサプライズの思い出≠くれた七絵に、今まで以上の感謝!ありがとう。


 この日は家に帰ってから、溜め込んでおいた喜びを爆発させ、「ヤッタ!ヤッタ!」を連呼した。まだ半分信じられない気持ちで頬を再三つねり、「こんな事って本当に起こるんだぁ」と感心していた。顔が紅潮し、ガッツポーズもやったりと、とにかく『じっとしていられない』心境だったのであるが、そんな興奮状態の中でしかし、心の半分ではある事を悟っていた。それは、
 「こんな夢みたいな思い出は、これが最初で最後になる。」という事だ。


 無事に入試も終え、間もなく高校生になる七絵。大人の階段をのぼり始める年頃≠ヘ、もう直ぐそこまで来ている。きっと来年の今頃は、今と大分違う七絵が、生きていることであろう。
 そもそも七絵に逢える事自体、先ほども書いたが、この春以降はあるかどうか分からない。仮にあったとしても、今までの七絵は『子どもとしての』七絵であり、大人になり、年頃の女の子となった七絵が、昔と同じ様に私に絡んでくるとは、ちょっと想像しにくい。
 子どもから大人へと変化し、子ども時代の振る舞いが消えていく・・・・・。“見送っていく側”にとっては、寂しさはいかんともし難いが、人というのは成長するべきもの。逆にいつまでも子どものままでは、その方が困るというものだ。だから私も、素直に七絵の前途を祝福したいし、“脱皮する直前”、元の面影が見られる最後の段階で、素晴らしいプレゼントに恵まれた事を、心から宝としたかった。
 そういう意味で、私は確信を込めてこう思った。
「今がまばたきのごとき、人生の絶頂期になる。」そしてこうも感じていた。
 「生涯で初めての、“青春”の到来だ。」


 思えば、実際に“青春時代”と言われる年代だった頃、私は、【特別に想っている人から義理チョコをもらう】体験など、一度もした事が無かった。そもそも、『青春の喜び』と称せる体験自体、まともにした事は無かったのだ。毎年バレンタインのシーズンになると、周囲は盛り上がっていたが、自分は『カヤの外』だったという経験も、無くはなく、ある意味において、バレンタインの存在がありがたいと思った事は、無かったと言える。
 今回、初めて「バレンタインが存在していて良かった」と思い、最後まで無縁と思われた『青春の思い出』にも、めでたく恵まれるに至った。
 ただ、その『青春』は非常に短い。間もなく七絵の中学卒業と共に、散っていく。そして入れ替わりに七絵自身が、『青春時代』のステージに入っていくのだ。


 私の『青春』は、ちょうど桜の花である。パッと咲いて、満開になったと思ったらサッと散っていく。まさに桜の花そのものだ。しかし、普通の桜ではない。何しろ、開花を迎えた時期が非常に遅いのだ。一般に青春時代と言われる年代が終わった後、32歳という年齢になってから、いきなり初開花した。
 「青春の喜びなんて体験する事は無い」と悟ってから既に久しくなったところで、束の間、『遅咲き』を果たしたのである。
 そう。私の青春は、桜は桜でも【八重桜】だ。開花の時期が遅く、しかし桜である事には違いないから、短くして散っていく。そんな【八重桜】こそ、“青春の思い出”を置き換えるのに、最もふさわしい。


 七絵からの義理チョコは、その後もオカンが連日、事務所に持ってくるのを忘れてしまったため、すっかりお預けを食う結果となったが、2月27日になって、ようやく受け取る事が出来た。
 私の人生にとって、最も特別な義理チョコ。実際に手にしてみて、改めて喜びが爆発した。
 一番思い出の人からもらった!恩返しの人からもらった・・・・・!


 ところで、この2月27日というのは、実は17年前、私が高校に合格したのがこの日であり、私の中で、一生の記念日なのである。何日も待った末にようやくチョコレートを受け取ったその日が、人生で一番の記念日と重る、これは何という偶然だろうか!また一つ、素晴らしい巡り合わせに恵まれた。
 かくて2月27日は、私の人生における、【ダブル記念日】となったのだった。
 これまで私の人生においては、高校合格というのが【最も幸せな思い出】で、合格が決まった日が【最良の日】であった。
 今回のバレンタインは、それを遥かに越えた。七絵から義理チョコをもらった事が、断トツで【最も幸せな思い出】の座に輝き、最良の日は、日付が重なったためにそのままとなった。


 世の中、そう誰も彼もが、『絶頂期』を体験出来る分けではないと思う。その意味では、私は期間こそ短くとも、『絶頂期』というものを体験する事が出来、その幸運には心から感謝している。いつ死んでも、本当に幸せな人生だった。


 【32歳バレンタイン、青春八重桜】。
 だが、迎える七絵の青春時代は、もっと長く咲き続ける花であってほしい。




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