我が心のバレンタイン:青春 八重桜物語
絶妙のタイミングで知った、ある『一日違い』

 お花見以降の【燃え尽き症候群】状態は、その後迎えたゴールデンウィークでもまだ続いており、何か息切れのする、それでいて気の抜けた様な毎日を過ごしていた。
 「ようやく七絵に逢えた」という安堵感と、「とうとうその日≠ェ過ぎてしまった」という寂しさが相同居していて、そんな中、オカンやK子姉さんらと絡みながら、何とか仕事に励んでいたのだった。
 愛犬ハナもどんどん大きくなり、ヤンチャ振りにますます拍車がかかってきて、本当に、初めて顔を見た当時の七絵を髣髴(ほうふつ)とさせるものとなった。ほぼ毎日散歩にも連れて行き、トロが元気だった頃以来久しぶりとなる、犬と外を走り回れる日々を過ごしていて、しばしば遠くまで連れて行ったりもした。新しい愛犬に恵まれている分、生活には張りがあったと思う。


 さて、7月のある日、私は職場にいて、たまたま席を外していて戻ってきたら、オカンが私の机の横で同僚と話をしていた。そして同僚は私を見るなり『待ってました』と言わんばかりの顔で、ひと言。
 「根箭さん問題です。七絵ちゃんと根箭さんにはある大きな共通点があります。それは何でしょう?」
 「え!?」と私は予想外の言葉に思わず目を見開いてしまったが、すぐに「アッ!」と思い当たった。この日は、私の誕生日の直前だったのである。
 「誕生日かな。」と答えると同僚は、「ピンポーン!!」
 「ええっ!誕生日同じなん?」と訊き返した私の声は、1オクターブ上がっていた。と、オカンが、
 「七絵は7月18日生まれや。」
 「あ〜!そんなら一日違いか。惜しいな〜!」と、内心本気で残念がってしまったが、すぐに言葉を続けて、「それでも一日しか違わないんやったら、ほとんど同じですよねぇ。」と言った。オカンは「そうやな。」と言って終始上機嫌だった。


 「そうか、誕生日・・・・・。これは結構、デカイ共通点になるぞ。」 思わぬ“朗報”に、私は胸が躍った。今まさに、私の誕生日までのカウントダウンが進行中。という事は、七絵の誕生日までの“カウントダウン進行中”ともなるわけだ。
 今年の誕生日。私は記念に、ある場所で過ごす事を決めていた。それは【愛・地球博】である。この年=2005年は、あの1970年の大阪万博以来という、日本で開催の総合博覧会が、愛知県で行われていたのである。通称『愛・地球博』で、テレビでも連日、入場者数などが報道されていた。
 比較的すいていた、もっと早い時期に訪ねても良かったのであるが、せっかくなので、同じ行くなら『誕生日に初訪問』という形にして、人生の良き思い出にしようと決めたのである。そして当日が間近に迫り、しばし七絵の事も脇に置いて、愛・地球博見物に思いを馳せていた次の瞬間、耳に飛び込んできた『誕生日が一日違い』の報・・・・・。
 絶妙なタイミングとは、当にこの事である。体の芯から、何か熱いものが湧き出てくるのを感じずにいられなかった。


 晴れて誕生日当日、私は七絵の誕生日も一緒に祝う気持ちで、愛・地球博に行った。天気も文字通り、晴れ。予めインターネットで前売り入場券を購入していたのであるが、それでも恐ろしいほどの混雑で、会場ゲートは長蛇の列となった。
 「この人たち、全員前売り券を持っているのか。これじゃほとんど購入した意味が無いな。」と、さすがにウンザリする様な気持ちにもなったが、「まあそれでも、大阪万博の時よりはよっぽど楽だろうから。」と言い聞かせ、辛抱強く並んだ。因みに大阪万博といえば、その記念公園が、初めて七絵の姿を見た場所。そして今回、愛知万博が、初めて七絵の誕生日を祝う場所になった。「何か俺は七絵に関しては、万博と縁があるなぁ。」と感じたものである。


 愛・地球博は、たまたま日曜日と重なった事もあって、本当にものすごい混雑ぶりであったが、それでも2つのパビリオンに入れて、乗り物も3種類に乗れたので、十分満足出来た。この日は誕生日の記念として、会場の雰囲気を味わう事に主眼を置いていたのだ。そして帰りの時刻が近付く頃、私は公式記念品ショップに足を運び、ここで親や職場への土産とともに、来る前から買うと決めていた、七絵の誕生日プレゼントを買った。
 公式記念品ショップの混雑は、これもまた尋常では無かった。中に入るだけで約40分、そして売り場からレジまでの移動も、30分以上はかかるという長蛇の列だった。その様な状況だから当然ながら、店内も殺人的な混雑となっていて、およそゆっくり商品を見ていられる状況ではなかった。しかし、それでも何とか、特に七絵の土産兼誕生日プレゼントだけは、『これだ』と言える品定めをしたいと思い、忙しく目線を走らせまくった。するとたまたま、ゴムまりが目に止まったのである。もちろん、愛・地球博のキャラクター、モリゾーとキッコロのイラスト入りだ。私は「これだ!」と思った。


 何故ゴムまりがそんなに、「これだ!」となるのか?実はこの時、七絵は中学3年生で、受験生だったのだ。そしてもうすぐ夏休み。この、受験生の夏休みというのは、私の時もそうだったが、一生でも一二を争う束縛感の強い時期で、「勉強する事以外は許されない」という空気が、支配するものであった。
 当然、ストレスもたまってゆくだろうし、特に七絵の場合、お花見で十分確認出来た様に、『動き回ってナンボ』・『ハジけてナンボ』の性格である。そして私はお花見の後、偶然にも職場の人から、「七絵ちゃんはサッカーをやっているらしい。」という話を小耳に挟んでいた。これにより、七絵が球技も好きだという事を知ったわけであるが、家の中や庭で球を蹴ったり投げたりというのは、当然危なくて出来ない。そこで、家の中で遊んでも安全で、受験勉強に束縛される中での、せめてものリフレッシュを計れる、そんなアイテムとして、ゴムまりが適しているのでは?という発想になったのだ。

生涯で最も混雑した買い物になったであろう、
愛・地球博会場公式記念品ショップ。

 『七絵の受験勉強のストレス発散のために何かしたい』という気持ちは、私は常に持っていた。だが、何か『これ』という切っ掛けが無ければ、“ある日突然何かをやる”というのは、さすがに不自然である。その意味で、ちょうど今から、勉強の山場である夏休みを迎えるという時に、誕生日プレゼントとして物を贈れるのは、画期的な事であった。もし、愛・地球博に行って以降に誕生日を知ったならば、もう何をするチャンスも無かっただろう。たまたま行く直前に知ったからこそ、【愛・地球博土産】とリンクさせる形で、誕生日プレゼントを買えたのだ。
 改めて、本当に絶妙のタイミングだと実感した。


 翌日(=七絵の誕生日)、前の日の疲れも多少引きずりつつ出勤した私は、オカンを見付けると早速、「七絵に」と言ってプレゼントを渡した。プレゼントの袋も、愛・地球博公式ショップの文字入りだったので、それも併せて記念価値はあるだろうと思った。最も、袋までは取っておかないだろうが・・・・・。そしてハッキリとは覚えていないのだが、この日は、オカンは本来なら休み(多分振り替え)を取っていて、どうしても仕事が出来たので午前中だけ出勤していたと思う。午後になると「お先です。」と帰って行き、それからものの20分もしない内に、オカンからメールが来た。
 きっともう一度お礼を言ってきたのだ、と思い、メールを開いたのだが、一目見るなり「ワオ!!」
 お礼はお礼でも、七絵本人からだったのだ。
 「おみやげありがとう!!また万博でハジけような。」


 短い文の中に、私の気持ちを満たすものは一杯詰まっていた。そもそも、七絵から再びメールが来た事自体がとても嬉しかったし、後半の「万博でハジけような。」のひと言は、あのお花見の記憶もまだまだ鮮明である事を、物語っていた。
 メールを読んだ場所は職場だったので、感情は当然伏せていたが、内心ではそれこそ『破顔一笑』で、こう叫んでいた。
 「計画大成功や〜!!!」


 この話には、続編がある。
 これより1週間後、私は職場の人の誕生パーティーに出席していたのであるが、その時にオカンから写メールが届き、見てみると七絵が私の渡したゴムまりを持って、こちらを見てピースしている画像が来ていたのだ。それを見て、「あー!使ってくれてるんだ。」と大喜びしたのは、言うまでもない。




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