我が心のバレンタイン:青春 八重桜物語
記念すべきメール初受信!! だが、実はその時・・・・・

 お花見の翌日、月曜日。いつもの様に出勤した私であるが、さすがに【燃え尽き症候群】に陥っている感は否めなかった。まだ気持ちがフワフワと宙を漂っている様な心地で、そんな中、この日職場で最初にやった事は、電話を掛ける事であった。掛けた先は、万博記念公園総合案内所である。
 なぜ万博公園の総合案内所なのか?実は昨日のお花見の際、携帯電話を落としたのである。
 万博公園を出て、モノレールの駅に向かう途中で、私は携帯を落としている事に気付いた。その時、引き返して公園まで探しに行こうと、一瞬は思ったのであるが、敢えてそのまま進んだ。ちょうど七絵がすぐ後ろを歩いていたためで、ドジを踏んで引き返す¥齧ハを目撃されたくなかったのに加え、このまま行けば、モノレールでも一緒になれる可能性が高かった事から、今この地点を離れるのはもったいないという気持ちが、優先したのである。


 実際には、モノレールで自分が降りるはずの駅まで乗った後、引き返し、既に閉園直前だった公園に何とか入って、自分のいた場所を探したのであるが、その時は見付からなかった。そのため、いったん探すのを諦め、他人が使えないよう回線をブロックする処置を取った上で、明日の朝、総合案内所に問い合わせてみようと決めたのだった。


 「何とか見付かってくれ!是が非でも戻ってきてくれ!」強く祈るような気持ちで、私は総合案内所に電話をした。普通に仕事や生活で困るという以外に、もう一つ、どうしても携帯が戻ってきて欲しい理由があったからだ。実は、七絵が私にメールを送っていた事が判ったのである。
 出勤した時、先ずもってオカンに会った。オカンは開口一番、「根箭さん、携帯のアドレス変えた?」と訊いてきて、私は『え?何で?』と思いながら、「いいや。でも実は昨日、落としてしまって・・・・・。」と答えた。するとオカンは一瞬「え!」とびっくりした後、
 「あ〜ぁ、それでか。いや、昨日七絵が一生懸命あんたにメール送ってたのに、送信エラーになってばっかりやったから。」
 と言ってきたのである。


 「!!!七絵が俺にメール???」
 よもや信じられない話であった。人生、どんなに予想外の事が起こるか分からないといっても、こればっかりは、さすがに想像つかなかった。
 『へエー!マジか?本当か??』すっかり興奮モードになった私であるが、表面上はあくまでもポーカーフェイスで平静を装い、
 「ああそうなんですか?いや、落としていてメールも送受信ブロックを掛けているので。えらいすみません。」と、声音一つ変えずに謝っておいた。
 そのあと、内心超ドキドキソワソワの、総合案内所への電話である。すぐにつながり、用件を話してから先方の返答を待つまでの心境というのは、まさに合否の結果待ち≠ナあった。
 「頼む!こんな記念すべきメールを読めずじまいになってしまうなんて、悲し過ぎる。そんな残酷な運命だけはごめんだ!」果たして結果は・・・・・、


 「ヤッタ!戻って来るぞ。」
 携帯は見付かっていたのだ。誰かが拾ってくれて、ゲートの窓口経由で総合案内所に保管されていたのである。色や形状、状態など、ピタリと一致した。
 「あった!!!あった・・・・・」まるで落第確実と思っていた試験が合格だった時のように、私は内心、飛び上がって喜んだ。
 「ありがとうございました!」私は総合案内所に深々とお礼をして電話を切り、すぐさま上司の許可を得て、急ぎ、携帯を受け取りに行く事にした。七絵からのメールはともかくとして、やはり実際問題仕事の上でも、携帯が無かったら周りに迷惑がかかる場面が、多々あるからである。しかし心の中での第一の目的は、やはり“メール”だった。
 総合案内所で携帯を受け取った私はその場で、「こんな“ツキ”のある携帯は、手放すのが惜しい。一生、自分のお守りにしよう。」と心に決めた。現在は機種も変え、契約会社も変えているが、この時の携帯は、今でも『幸運の象徴』として保存している。


 さて、携帯が戻ってきた事で、回線ブロックの解除を行い、私は遂に、七絵からのメールを受信する事が出来た。ドキドキワクワク!果たしてそこに書かれていた事とは・・・・・、
 「今日はありがとう。何かしんどそうやったな。ちょっとムリしてたみたいな。来年は枯れないうちに行こう。バイバイ。」


 ・・・・・嬉しかった反面、少々複雑な気持ちにならずには、いられない文章であった。
 『何かしんどそうやったな。ちょっとムリしてたみたいな。』
 じっと携帯の画面を見詰めて、何度も読み返した。一時は叶わないとも覚悟をした、七絵からのメールとの対面である。どんな内容であろうと、嬉しくないはずがなかった。それでも少し表情は曇り、何というか、「見抜かれていたか」と、反省する様な気持ちになったのだ。


 そう・・・・・。お花見の時には、ハッキリとは分かっていなかったのであるが、一日が経ち、今日になって、私はある事に気付いていた。
 どこかおかしかったのである。昨日一日を通じての、私の調子がだ。確かにハジケてはいたし、大ハッスルをして体調も万全だった。しかし、それでいて変に空回りしているというか、空転ばかりでしっかり噛み合っていないという感覚があったのである。ピタッと集中して元気というよりは、『何とか追い付いて元気』という感じ。自分でもこの微妙な違和感に、薄々勘付いてはいた。


 今振り返って、私は本当はきっと、『息切れ』していたのだと思う。お花見までの期間、待ち続ける事によって、自分で分かっている以上にエネルギーを消耗していたのだ。だから肝心の当日が来た時には、ある意味余力が残っていない、しんどい¥態になっていたのである。しかし一方で、実際に七絵と逢っているからこそ、テンションが上がる自分もいた。この【2つの自分】の狭間で、私は、身体バランスがおかしくなっていたのかも知れない。
 思えば携帯を落としたのも、そんな『注意力散漫』が招いたミスと言えた。そして実は携帯を落とす前、うっかりデジカメも落としていたのである。しかも私はそれを、拾ってくれた職場の人(最初は知らない人が拾って、職場の人に渡してくれたらしい)が教えてくれるまで、分からなかった。
 要するに、目に見えていた以上に自分はバラバラだった分けだ。そしてそれが七絵の目にはよく映っていて、結果としてあの様なメールの文章になったのだろう。
 七絵の前で『若々しい姿』を印象付けるという狙いが、見事に裏目に出たという事か・・・・・!


 私が本当の意味での『ベストコンディション』だったのは、当日の直前〜10日ぐらい前なのかも知れない。やはり人間というのは、「もうすぐ逢いたい人に逢える!」とカウントダウンをしている時が、一番輝くのだ。そしていざ逢えると、「あ〜やっと逢えた。ホッとして疲れた」と、空気が抜けかけのタイヤの様な気分になり、後にはもう、「下り坂=お別れまでのカウントダウン」という気持ちしか、残らなくなってしまうのだろう。
 幸せな時に幸せを感じる事の、何と下手な事か。


 ところで、メールの最後に書かれていた、『来年は枯れないうちに』という言葉は、是非胸に留めておこうと思った。今年は、実際にはお花見とは名ばかりの、桜が散った後の状態だったのである。七絵としても、それが心残りだったのかも知れない。『来年は満開のお花見を』私は新たな夢を描いた。
 いろいろな事を感じさせられた、七絵からのメール。だが一つだけハッキリ言えるのは、「メールを送ろう」という気持ちに相手がなったというのは、大きな意味があるという事だ。それだけ、自分に対する印象が増えたという事だから・・・・・。少しでも長く自分の事を覚えていてもらう上では、大変励みになる材料である。それと、この時点ではまだ分からなかった事実。それは、
 『これが最初で最後のメールにはならなかった』。




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