我が心のバレンタイン:青春 八重桜物語
プロローグ −自己最強烈だった、第一印象−

 2004年(平成16年)4月の、ある日曜日のこと・・・・・・。
 折からの好天のもと、私は大阪吹田の、万博記念公園にいた。
 この日は2年ぶりに職場のお花見が行われ、初めて場所が万博記念公園になったのである。前回のお花見の時と比べて、職員の数は格段に増え、しかも子どものいる職員が多くなった事から、この日のお花見は、子どもの参加者で大変賑わうものとなった。用意した遊び道具も、種類・数ともに今までで一番多く、皆、思い思いにリフレッシュタイムを楽しんでいた。


 一人、とんでもなく目立つ子どもがいた。子どもといっても比較的大きい、小学6年〜中学前半ぐらいの女の子だったのだが、とにかくエゲツなかったのである。
 何というか、超ワイルドで暴れ馬。振る舞いや言葉遣いはメチャクチャ。生まれてこの方、『じっとする』という経験が一度も無いのでは?と思うぐらいで、常に目が回るほど動き回り、誰かれ構わず命令形で物を言っていた。言われた相手は「何や、この生意気なやつは!」と、苦笑いを浮かべていたが、その子は全くお構いなし。
 「なあ!ちょう、オッサン、あっち走れや!」、「ちょう、お前向こう行けや!なあ!」


 ・・・・・・。「あの子、一体何者やねん?????(ドン引き)」
 これが、第一印象であった。私はひたすら目を丸くしながら、目の前のハチャメチャ光景を見ていのだが、本人に気付かれないように、傍にいた同僚に恐る恐る、「あのぉ・・・・・、あのちょっと大きな子ども、誰?」と訊いてみた。そしたら同僚は、「ああ、あの子は○△さんの娘やで。」と答え、感心したように、「せやけどホンマに元気ええな〜(笑)。」と一言。
 ・・・・・いや、元気ええな〜どころと違うやろ!私は“ドン引き”しながら思った。
 私だって、子どもはある程度見慣れている。劇団時代を始め、子どもと絡んだ体験は少なく無く、多少のヤンチャくれや暴れん坊では、驚かないつもりだ。ところが、この時の子はあまりにも、普通に受け止められるレベルを超えていた。まさに“破格のヤンチャくれ”だったのだ。
 とにかく常に黙っていない、人の事をバシバシたたく、走り回る、これでは人間というより、寧ろ野生だ。○△さんとこの娘だと言っていたが、○△さんはじゃあ、子どもをこんなふうに育てとるのか・・・・・?私は内心、衝撃を受けずにはいられなかった。場所が万博公園の広い芝生だっただけに、なおさら野生≠ノ見えてしまったものである。


 「あんなのに絡まれたら、ひとたまりもないな。」 私は真剣に思った。
 「何とかして、俺だけは目を付けられないようにせんと。あの手のヤンチャくれは一番苦手なんや。」
 既に何人かの同僚が、暴れ馬の餌食≠ノなっているのを見て、私は遠巻きに見守りながらそう思っていた。
 結果は無事、全く目を付けられずに終わった。私は私で長年馴染みの人たちと一緒に過ごしていて、野生≠ニは、目が合う事も無かったのだ。もちろん名前を聞く事も無かったわけだが、別に知りたいとは思わなかった。この時点では、もう二度と会う事は無いと思っていたし、お花見の後、一旦帰宅して愛犬の散歩に行った時点では、もう、あのヤンチャくれの事を完全に忘れていたのだから・・・・・。


 今にして思えば、この時の『衝撃の顔合わせ』こそが、のちに自分の人生を決定付ける事になる、重要な出会いの予告編≠ニなっていたのだ。とんでもない第一印象で、野生とさえ形容していた一人の女の子が、どれだけ自分にとって大きな存在となっていくのか、当時はまだ知る由も無かった。全てが明らかになるのは、この年のクリスマスの時である・・・・・。




物語の全ては、クリスマスパーティー前夜の悲報から始まったに進む



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