茨木市車作 初回撮影:2004年11月14日
すべての画像の右側に解説文があります


大阪府茨木市北部にある、車作(くるまつくり)というところです。
この位置は、ちょうどバスの発着場となっているところで、この日はここから、茨木市街地へ下るバスに乗りました。
ちょうど発車待ちのときに撮影した画像ですが、上の画像では、新しい家がたくさん建ってきています。実は私はこれより2年前にも一度この地を訪れたことがあり、その時はこの辺りは全くの未開発状態で何もありませんでした。場所としては大変不便な山間部にあたるこの地に、なぜ新しい家が次々と建ったのか?不思議がっていた私に、発車待ちをしていたバスの運転士さんが訳を教えてくれました。
「今からバスで通りますけど、この下にずっと集落が広がっていて、それが間もなくダムで沈んでしまうんですよ。だからそこの場所にもともと住んでいた人が、ここまで上がってきたのです。」
ちょうど下のほうの写真を見ていただきますと、前の坂道を下りた向こうに段々畑などが見えます。この一帯が、近くダムの底に沈む運命にあるという事でした。


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さて、これより下の画像は、全て、走行中のバスの車内から撮影しました。従って、写りが不安定な部分も見受けられるかとは思いますが、どうかご了承願います。
まずこの画像、自然豊かな風景に見えますが、中央奥部分にコンクリートの建造物が見えます。恐らくダムを構成する一部分なのでしょう。すでに『原風景』ではなくなってきていました。


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上の位置から少し進んだ地点です。段々畑のドまん中に、ニョキッと一本、コンクリートの柱が伸びています。周囲の景色に対していかにも不自然なこの柱。ダムを支える一部となるのでしょうか?柱の真下部分のみ、地面の方も“人工化”していますね。時代の波が、容赦なく迫っていると実感できます。




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さあ、ズラリと4枚画像を並べましたが、快走するバスの窓にカメラを押し当て、立て続けにシャッターを切ったものです。
一番上の画像では、すでに向こうのほうにコンクリートの構造物の一部分が見え、着工が行われている事がわかりますが、あとの3枚については、画像を見る限りでは、まだ『原風景』のままです。特に緑濃い山林しか写っていない3枚目の画像や、藁(?)を積んだリアカーらしき物がうつる4枚目の画像は、およそこれが、21世紀になった現代の衛星都市近郊とは思えないような、何とものどかで懐かしい風景となっています。しかし、この風景も、余命いくばくも無いわけですね。
相変わらず“開発・建設欲”が止まらない我が日本ですが、出来るものならこのような風景は、永久に残しておいて欲しかったと思います。








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バスがやや左へカーブを切った時点で、元来た方角を向いて撮影しました。画面左のほうに道が延びているのが見えるかと思うのですが、これが、上の枠の画像を撮った時に通っていた道です。
この画像、手前あたりに写るブルドーザーが、現状を表しています。そしてこの大きさでは見えにくいですが、ずっと向こうのほうに、山を切り崩してコンクリート壁が張られている箇所を望めます。それをよくご覧になりたい方は、こちらをクリックして下さい。
拡大版をご覧いただけます。


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こちらはバスが走る道を、車内前方へカメラを向けて撮影しました。山間路線の特色が非常によく表れていたこの道ですが、恐らく横に広がる畑や集落とともに、この道自体もダムに沈むのではないでしょうか?そうなった場合、バスの路線も大幅にルートが変わることになります。恐らく、上のほうに新たに幹線道路が造られるのでしょうが、市街地への距離と時間は短縮される反面、この路線に見られたもともとの良さは姿を消すことになりますね。


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バスの窓の光が反射して見えにくいですが、ダム建設工事たけなわの、川下流地区です。まだ『原風景』が多く残っていた上の方と比べて、こちらではピッチを上げて、『現風景』に姿を変えていっています。


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左手に、『安威川ダム建設地』と書かれた看板が立てられています。バスがかなり加速している状態で撮ったので、相当ブレてしまっていますが、ダムの名前は『安威(あい)川ダム』となるわけです。


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上の画像よりさらに下に下ってきた地点で、もう大分市街地に近付いています。
左端のほうに案内板が掲げられており、「安威川の河川改修や、ダムの建設工事をおこなっています。」と書かれています。
この先、車作〜安威川地区の景色がどう移り変わり、何年かあとで再びこのページを見たときにどう感じるのか。今から想像を巡らせています。


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すべての画像の右側に解説文があります


2005年5月15日に撮影した車作のようすです。ちょうどバスのりばのところから撮影したのですが、だいぶん家が立ち並び、一見すると、山奥に来ているようには思えない景色になっています。それでも、バックの山並みや、特に下の画像では、ダムの構造物の一部が向こうの方に写っておりますので、それで街中から見ればかなりの『高地』にあるというのは、ピンと来るかと思います。まだまだ不便なこの地域ですが、これらの家には、もう人は住んでいるのでしょうかね?数年後にはこの付近から茨木市街地に向けて幹線道路がバーンと通り、すっかり面目が一新されているのでしょうね。




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以下の2枚は2006年5月14日に撮影したものです。車作からさらに山道を北上し、忍頂寺(にんちょうじ)に行くバスの車内から撮影したものです。ちょうどグワーンとバスがカーブを切る瞬間だったのですが、何とかブレずに撮れました。段々畑の下に、円形の駐車場のようなスペースが見えますが、これがバスのりばですね。そしてその向こう側に建ち並ぶ家が、上の写真のものとなるのです。


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上の画像より、バスがもう数メートルほど進んだ地点で、再びシャッターを切りました。ニョッキリ立つ木々や竹の隙間から、新しく建造された道が視界に入ってきます。ダムで川沿いの旧道(現在の道)が姿を消した後の、代替道路の一部でしょうね。本当にかなり山奥まで、開発が進んでいるものだと、改めて感じました。


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