JR常磐線、関東鉄道乗車 撮影:2004年1月31日
幼い頃から、従兄弟が千葉に住んでいた関係もあって、度々首都圏に行く機会のあった私。しかし、茨城県には、いかにも行った事がありそうに見えて、実は一度も足を運んだ事がありませんでした。既に30歳となっていた2004年1月末日、ようやく初めて茨城県まで足を延ばしました。その時のお目当ては、子どもの頃からいつか乗ってみようと思っていた、関東鉄道。初めてその存在を知ってから20年が経過しており、当時走っていた旧型車両は姿を消していました。「もっと早くに訪れていればな。」改めて後悔の念も覚えた関東鉄道初乗車でしたが、実は全く別の意味で、「あのタイミングは本当に良かったよな」と、後から思える結果になったのです。それがこの画像。常磐線の、エメラルドグリーンの103系との初対面でした。上野から取手まで乗ってきたのですが、この時、当線のみで見られたこのカラーの103系は、既に終焉期を迎えていました。


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常磐線103系の車内です。私の知っている、オリジナルの103系車内(80年代前半、国鉄時代に度々体験)でなくなってから既に久しかったですが、戸袋窓は付いていました。京阪神圏だと、大半の103系が戸袋窓を埋められていただけに、その部分で原型に近いこちら首都圏の103系は貴重に映ったものでした。ステンレス扉の太いHゴムを始め、昔日の面影も十分に残る車内です。上画像の編成車内で、取手駅で撮影しました。


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これは取手に向かう途中、車内から撮影した103系1000番台です。元営団地下鉄(現東京メトロ)代々木線乗り入れ用車。82年の203系登場で半数が撤退し、地下鉄6000系に近い塗装から、常磐一般通勤車の塗装に変更されて、同線の普通・快速に運用されていました。105系に改造された同車には乗った事がありますが、塗装以外はオリジナルのまま、常磐線に残る姿を撮影したのはこれが初めてでした。しかしこの時予想したとおり、この姿を拝むのも、これが最初で最後になりました。


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一番上の画像とほぼ同じショットですが、これはこの駅(取手)を起点としている関東鉄道の車両も入れての並びです。常磐線の低運転台の103系は、京阪神の車両のように窓枠金属補強はなされていませんでしたが、その代わり、窓下が一段盛り上がった(重ね着したような)感じになって、面差しが変わっていました。どちらにしても、登場以来40年。原型の姿を留めるのは、難しかったという事ですね。


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取手駅正面です。駅の外に出て、これで正真正銘、茨城県の地面を初めて踏んだ事になりました。なかなか大きな駅名表示ですが、駅自体も大きかったです。駅前の広場のようすが、何となく岐阜県の大垣駅に似ている様に見えたのは気のせいでしょうか?しばらく駅前にたたずんで、街を眺めていました。


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さて、お目当ての関東鉄道にいよいよ乗車します。やってきていた車両は、2300系という車両で、地元阪急では最古参の系列ですが、こちらでは2000年1月に登場した、当年5年目の新鋭でした。なるほど、この車両が、子ども時代に私が見た旧型車勢を置き換えたのでしょうね。塗装も新しくなっており、かつて鉄道雑誌で見た時のイメージからは、すっかり様変わりしていました。なお、関東鉄道は非電化鉄道のため、車両は全て気動車(キハ)です。


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関東鉄道常総線に乗って、終点水海道に到着しました。駅ホームで、駅名表示をアップで撮影。それにしても、私は恥ずかしながら、この駅の名前を、『みっかいどう』と覚え込んでいました。『みっ』と音をはねていたんですね。しかし実際には、み『つ』かいどうでした。思いもがけない訂正をされた気分でしたが、それにしても、思い込みとは恐ろしいですね(笑&汗)。


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水海道駅の外に出てみました。もう薄暗くなっており、しかも時期が時期だけに非常に寒かったのですが、昔からよく聞いていた駅名(しかも間違えて覚えていた)をようやく訪れたとあって、結構楽しんでいました。上の写真は駅舎のすぐ前、下の写真はロータリーの出口付近で撮影したのですが、なかなか駅前は広かったですね。




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こちらは駅の裏側から、待機中の車両を撮影したものですが、この車両は元国鉄(JR)キハ35の、350型です。元の形式を物語る現形式なわけですが、塗装が関東鉄道色になった以外は、全くの国鉄時代のままで、最近はJRもいろいろなカラーがありますから、パッと見たら、JRの路線かと思ってしまいます。


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この車両は、常総線の水海道以北(下館までの区間)用にワンマン改造された100型で、上のキハ300から改造された車両です。私はこの日は水海道ー下館間は、時間の都合もあり、乗りませんでした。果たして乗車する日は来るのかどうか・・・・・?さて、この時の100型は、ご覧のように、上がクリーム、下が紺という塗装になっていますが、これはリバイバル塗装です。かつて常総線が、筑波常総鉄道だった当時の塗装だという事です。


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もうすっかり夜になってしまいました水海道駅。主力となっている新鋭2300系を中央に、先代の主力車両である350型が左、そして上の画像で登場した100型が右です。3色揃い踏みとなったのですが、この時の関東鉄道には、もう一種類の塗装が見られていました。それが、下の画像です。


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こちら、キハ353+354ですが、私の元々の記憶にある、関東鉄道の塗装です。クリーム色と朱色のツートンカラー。生で見るのは初めてとは言え、非常に懐かしいと感じました。また、国鉄キハ35自体も、登場時はこれと比較的近いツートンカラーでした。私は、実はこの塗装を撮影したいがために、ずいぶん長い間水海道駅で待機し、夜になっても更に粘って、ようやく撮影する事が出来たのでした。この後この車両に乗って、取手まで戻りました。


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キハ35車内です。ベタッとした薄緑色の車内が、いかにも旧国鉄のキハらしい雰囲気を満喫させてくれます。キハ35に乗ったのは、2001年6月末、電化直前のJR山陽本線兵庫ー和田岬で乗った時以来、2年半ぶりでした。和田岬支線で乗った時はまだデジカメを持っておらず、アナログカメラで撮影しましたが、何とフィルムを間違えて白黒用を買ってしまっていたという苦い失敗談があります。今回はデジカメで、もちろんカラーでキハ35の車内の画像を収めました。しかし妻面にも、車内方向を向いた座席が配置されているキハ35の車内の味、なかなかいいですね。

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これはキハ35の乗車口部分ですが、車内の床が、ホームの方向に向かって斜面になっています。これがキハ35の特徴で、ホームとの段差解消のためなのかも知れませんが、それにしても床の傾斜がやや急で、車いすの人だとかえって乗りにくい気もします。おまけにホームと車両の間も広い。私は83年、国鉄山口線でキハ35に乗った時が、たぶん最初のキハ35乗車体験だったと思うのですが、当時は路面電車のように、1段ステップになっていた様にも、おぼろげながら記憶しています。もし間違えていたら申し訳ありません。


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取手駅で下車後に撮影したキハ354です。これが一番いいショットではないかと思いますが、本当に改めて、かつての国鉄の通勤型気動車、キハ35そのものですね。関東鉄道では既に活躍が長くなっており、一部に新車と置き換えられている車両も出てきているようですが、末永く頑張って欲しいですね。これで関東鉄道常総線のミニ旅≠ヘ終わりましたが、同社生え抜きの0系に乗れなかったのが、唯一の心残りです。私の中では、一番関東鉄道らしい車両だったのですが。


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上野行きの103系高運転台車を撮影しました。この後私は、関東鉄道のもう一つの路線である竜ヶ崎線に乗るために佐貫駅に向かったため、画像の列車には乗車していません。それにしても、常磐線103系の高運転台車を撮ったのも、これが最初で最後となったのでした。私の中では、高運転台=まだまだ新しいというイメージが未だに取れないのですが、これも私の世代が古くなってきた証拠でしょうか?


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JR常磐線と、関東鉄道竜ヶ崎線の接点、佐貫駅です。読み方は『さぬき』ですが、四国の『讃岐』と勘違いをしそうな名前でしたね。もちろん、漢字は全然違うわけですが。左側、関東鉄道の佐貫駅を案内する表示には、『関鉄』と書かれています。


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竜ヶ崎線の車両です。先ほど、常総線で行きしなに乗った2300系と同系列の車両で、97年の登場です。既にこの時、7年目となっていたわけで、画像は2001号車ですから、この系列のトップナンバーという事になります。私は旧型の310形が来る事を期待していたのですが、叶いませんでした。


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終点、竜ヶ崎駅の駅舎を出たところです。もう完全に真っ暗だったので、ほとんど駅周辺も見ずにまた同じ列車に乗りました。まあ、グルッと前だけ一周したというところでしょうか?しかしそれでも、初めて茨城県に来て、3つの駅で外に出た上、この日の晩御飯も佐貫駅付近の屋台のラーメン屋で食べました。関東地方で私が行った事が無いのは、これで群馬県だけになりました。


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さて、この画像は上野で撮影した、常磐線415系です。佐貫から一路、都心に戻ってきたところでの撮影となったわけですが、この、筑波科学博の時の塗装も、もうすっかり歴史を感じる塗装になりました。そしてこの編成、415(411、413系も含む)系の中でもかなり初期型の車両を組み込んだ編成で、先頭車両の車番は記録し損ねましたが、私が乗っていた車両は、サハ411−3でした。


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これが、サハ411−3車内です。きれいにリニューアルされており、全然古さは感じさせません。下の画像は、車番のプレート部分を撮影しました。大所帯の系列の中で、初期番号の車両に当たると、鉄道ファンとしては大変嬉しいものです。103系は引退しましたが、411〜415系は、まだまだ頑張って活躍してくれそうです。『国鉄型』車両が着実に貴重となっている昨今、健闘を祈りたいですね。




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最後にちょっとおまけな画像ですが、上野駅でサハ411−3から下車した後、待機線に入場してきた、415系のトップナンバーモハ415−1です。トップナンバーにお目にかかれるというのは、なかなかいいですね。角度的には苦しい画像となりましたが、トップナンバーはハッキリ写っています。ささやかな幸運だったと思いました。


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