いすみ鉄道、小湊鉄道乗車 撮影:1995年8月23日
千葉県房総半島のほぼ中央を貫通する形で、いすみ鉄道と小湊鉄道が走っています。この日は、その両鉄道を乗車してきました。JR外房線大原駅から出発しているいすみ鉄道は、元JR木原線で、1988年3月に、第三セクターのいすみ鉄道に転換されました。上総中野(かずさなかの)までの、全長26.8kmの路線です。雨の日の大原駅を撮影しましたが、この後天気は回復していきました。


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いすみ鉄道ホームと、車両です。当時、他の旧国鉄〜JRローカル線の第三セクター鉄道の多くで見られた、レールバスです。屋根には、『ようこそいすみ鉄道へ』という横断幕表示もあります。
国鉄〜JR時代は、木更津〜大原を結ぶ計画だった事から木原線となっていましたが、経営転換後は、夷隅町(いすみちょう、現在はいすみ市)を走ることから、いすみ鉄道となりました。現在は、存廃問題に揺れており、大変厳しい状況です。


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いすみ鉄道レールバスの車内です。シートは深緑色で、阪急バスのシートと同じでした。それだけに私にとっては馴染み深い色で、落ち着いた気分になりましたね。因みに阪急宝塚線より少し長い距離を走るのですが、オールロングシートでした。なお、形式名は『いすみ200型』といいます。


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終点の上総中野駅です。ロゴハウスみたいな、小さい駅舎が可愛らしいですね。夏休み期間中ですが、学生服姿の高校生(中学生?)の姿が見えました。天気はすっかり晴れになっていますね。ここから、小湊鉄道が出発しています。


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上総中野駅を、外側から撮影しました。現在もこの外観は変わらず、強いて違いを挙げるなら、駅舎から出たところに自販機が設けられたぐらいです。左端には、小湊バスが見えます。この後私は小湊鉄道に乗り継いだわけですが、通常、乗り継ぐお客は非常に少ないという事です。


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さて、再び空が曇ってきたところで、小湊鉄道の車両がやってきました。昭和30年代の国鉄気動車を思わせるレトロな気動車で、塗装もその当時の国鉄気動車カラーに近い、キハ200形です。1961年から77年の長期にわたって造られたこのキハ200形。全部で14両あり、現在も全車健在で、小湊鉄道の全車両陣容となっています。この気動車と、いすみ鉄道のレールバスとのご対面が実現。何か対照的な顔合わせですね。新旧時代揃い踏みのような光景を見れて、面白かったです。


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小湊鉄道キハ200形の全景です。近い将来、車両の置き換えも検討されているそうですが、果たしてこの『国鉄世代』の顔の気動車、いつまで走り続けてくれるのでしょうか?側面の、間隔が広い窓並びなど、今から見ると一層味わい深いです。右端にいすみ鉄道のレールバスの正面も見えますが、やっぱり重厚感が違いますね。それにしても、千葉県というのは都会の印象もある一方で、田舎のローカル線も多いです。この小湊鉄道は、全長39.1kmの路線で、いすみ鉄道より一回り長い旅となります。


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キハ200形車内ですが、既に何人か座っていた乗客に遠慮したのか、極端に側窓の方向にカメラを傾けた、変な角度の写真になっています。窓の外からの光を拾い過ぎて、肝心の車内がまともに写っていません。現像されたのを見た時、とても後悔した1枚です。今ならデジカメでその場で撮り直せますが、この頃はまだアナログ、撮った端からモニターで確認なんて便利な業は、まだ存在していなかったのですね。辛うじて分かる車内は、シートが、かつての国鉄色を思わせる青色のロングシート、塗装は薄ベージュ色ということで、この車両を特色づけているエンジンの排気管の覆いと、その部分でシートが途切れている状態は捕えています。出来ればもう一度乗りに行って、今度こそまともに車内全景を撮りたいものですが・・・・・。アナログカメラは、どうしても自動巻きの音がハッキリと鳴ってしまうので、撮るのに勇気が必要だったんですよね(汗)。


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終点の五井駅です。JR内房線と接続しており、この写真はJR側のホームです。左向こうに集う気動車勢が、小湊鉄道の車両です。千葉県には何度も訪れたことのある私でしたが、房総半島は初めてでした。そしてまた、この時はJR内房・外房線も、横須賀色(通称スカ色)の115系が主力として走っていました。よく乗りましたけど、この時にしても、もっと写真に収めておけば良かった!後悔しています。


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最後はおまけの一枚です。これはこの日、大阪に帰る際に乗車した、寝台急行『銀河』です。2008年3月ダイヤ改正で廃止になってしまった、銀河。その、在りし日の記録という事にもなります。最後尾のブルートレインの車両を撮っておらず、この一枚きりというのが惜しまれますが、それだけに、東京駅でのこのショットは、貴重な一枚と言えます。2009年春のダイヤ改正では、東京発のブルートレインが全廃されるという事も言われています。時代の流れなのでしょうか?夜の街を流れ、最後は出口の無い時代のトンネルへと流れ去ってゆくブルートレイン。日本の国から、寝台特急そのものが消える日も、そう遠くないようにも思えてきて、大変惜しまれます。急行『銀河』。その昔、元祖ブルートレインである20系が遅くまで活躍した事でも知られています。


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