各画像をクリックしますと、拡大版をごらんいただけます。
なお、チェック対象地域は基本的に、私が暮らしている大阪府北部です。


※各歩道において、改良工事中または工事前の画像をアップした場合、工事完成後に完成した状態の画像と差し替えます。
 なお、工事完成前の状態の画像については、別途リンクを張って引き続きご覧いただけるように致します

豊中駅前歩道
どの画像もすべて、右側に解説が書かれております。また画像をクリックすると拡大画像のページにリンクされます 画像1  
阪急豊中駅前交差点です。左側に写る建物は住友信託銀行です。
画像に写っている歩道は、かつては幅も狭く、その上向こう側から手前側に歩いてくるにつれて上下2段に別れ、交差点部分の傾斜も極端に急で、車いすはもちろん、自転車でも通りづらい場所でした。
それがすっかり改良され、上記の急な傾斜も解消されました。幅も広くなり、歩きやすい歩道に生まれ変わりました。
新しい1階人口広場へ行くには、画面右側の低いほうの歩道を歩いてきたらいいです。

撮影:2004年5月25日  工事完成前@  工事完成前A
画像2  
画像1を、少し位置を変えて撮影したものです。上の画像にもこの画像にもカラーコーンが写っていますが、これは同一の物です。何とも中途半端なアングルで撮ったと思われるかも知れませんが、実はこの位置はもともと横断歩道のあった部分で、画像を拡大していただくと、旧横断歩道を消した跡がわかるかと思われます。そしてこの位置は、以前はとにかくせまい歩道で、2段構造になっていました。その段差も大きくて、傾斜も非常に急という、現在の姿からは想像もつかないものでした。
『工事完成前@』の画像と比較してみると、よくわかるかと思います。

撮影:同上  工事完成前@  工事完成前A 
画像3  
国道をまたぐ陸橋の上から、装いも新たになった豊中駅前人口広場の一部を撮影し、上2枚の写真の地点も含めました。
すっかり整備され、昔の面影はほとんどなくなったと思います。

撮影:同上  工事完成前@  工事完成前A
画像4   
画像1〜3を、逆方向へ(北から南方向へ)向けて撮影した物です。写っているバス停は7番のりばで、蛍池・大阪空港方面行きのバスが発着しています。04.5.20のバスターミナル完成前は、こののりばは5番のりばとなっていまして、停留所の標柱も旧型の物でした。現在は新式の、夜間用に照明装置も付いている標柱に取りかえられています。

撮影:同上  工事完成前@  工事完成前A
画像5  
この位置は、もともとバスの3番のりば(江坂・吹田・伊丹行き)があったところです。その当時のようすは、『工事完成前』の画像をご覧いただきたいと思います。旧3番のりば時代は、歩道と車道の境目もハッキリせず、非常に歩きにくかったのに加え、バスのりば自体も、粗雑なテントを張って雨よけにしているという、お世辞にも人に案内したいとは思えない代物でした。
現在は、歩道整備に伴い、旧3番のりば時代の面影は完全に消えました。そしてバス停としても5番のりばとなり、「服部・庄内・梅田・江坂・吹田行きが発着するようになりました(伊丹行きはこの手前の6番のりばに移転)。画像に写るバスは梅田行きですが、もともとはこれより前方、三井住友銀行前にのりば(現在廃止)があって、そこから発車していました。

撮影:同上  工事完成前  
画像6
これは、旧3番のりばに停車中のバス車内から撮影したものです。
向こう側の黄色い服を着た2人の作業員、何をやっているかおわかりでしょうか?
実は点字ブロックを作っているのです。歩道ルートの変更にともない、点字ブロックも当然位置替えを行うわけですね。それにしても、道路の舗装工事なら何度も見たことのある私ですが、点字ブロックの設置作業は、意外と初めて見ました。
なお、この周囲の歩道も、現在は張りかえられてタイル張りになっています。

撮影:2004年2月12日
画像7
画像6を、少し拡大して写したものです。手前の警備員が陰になってあまり見えないですが・・・・・。
このような機械を使って、点字ブロックというのは造られていくわけですね。貴重な光景を目撃できました。

撮影:同上
画像8  
豊中駅のバスターミナル全景です。直ぐ前が6番のりばで、一番向こうが1番のりばとなります。とにかく長いターミナルとなりました。これと逆方向に撮影した画像が、離れていて申し訳無いのですが、下の画像23で見ていただけます。

撮影:2004年5月25日
画像9   
画像4で紹介した7番のりばと、他ののりばとの位置関係を、もう少し分かりやすく表しました。ご覧のように、同じ歩道で直ぐ向かいになっているので、他ののりばからは大変近くなり、コンパクトになったと思います。この7番のりば(元5番のりば)も、かつてはこの位置ではなく、丁度、画像2の旧横断歩道のすぐ横に設けられていました。

撮影:同上  工事完成前@  工事完成前A
画像10  
1階側人口広場から、2階(阪急電車改札階)に上がるエレベーター・エスカレーター、そしてバスのりば(画面奥)を撮影し、改めて位置関係を明確にしました。それにしても、豊中駅の新しい歩道で非常に有難いのは、歩道のタイルが大きなマスの物で、タイルとタイルの継ぎ目がほとんど空いていないという事です。昨今、細かいブロック張りで継ぎ目もやや大きい歩道をよく見かけますが、あれは車いすに乗っている人にとっては、かなりの振動をともない、見た目では全くわかりませんが、実際は背中や腰などにかなりの疲労感を覚えます。こちらの画像が、そのような歩道の一例ですが、その点、豊中駅の歩道は、車いすの人にとってもスムースに動きやすい寸法・材質になって、よかったと思います。

撮影:2004年5月26日  
画像11  
画面中ほどに見えるのは、豊中駅の定期券売りばです。この方向にまっすぐ進むと、現在はバスおりばとなっている旧のりばの位置に行き当たります(次の画像を参照)。

撮影:2004年5月25日  工事完成前
画像12  
上の画像から前へ進んだ地点です。画面前方が、現在のバスおりばです。
ここは以前は歩道がとぎれており、撮影位置からは前方へはまっすぐ行けない状態でした。丁度、車も通れる状態にもなっていまして、一時期は深夜時間帯、発車したバスが、現在は歩道でつながっている前の地点から画面右側の道にいったん出て、この後ろにある交差点を右折して国道に出るという変則ルートも見られていました。
この部分の歩道が早くつながってくれることを願っていたのですが、ようやく実現しました。

撮影:同上  工事完成前
画像13  
こちらは豊中駅人口広場前の交差点をわたった地点。丁度、画像2の向かいになりますね。右側には国道176号線が通っています。
まがり角の部分ですが、ここの歩道も拡張工事が行われました。本当に豊中駅は至るところ、歩道工事のまっ盛りでした。歩道が向こうがわへ拡張されたのは、右側の横断歩道の位置変更(画像17参照)に関連したものと思われます。

撮影:2004年7月22日  工事完成前
画像14  
画像13の地点を、歩道橋の上から撮影したものです。工事完成前と比較すると、かなり歩道がまがり角にからみて手前方に拡張されました。これは、下の画像17でも述べておりますが、横断歩道の位置が移動した事によるものです。

撮影:2004年5月25日  工事完成前
画像15  
ここは場面変わって、丁度電車のホーム南端部の真下になります。前の壁の向こうはUFJ銀行で、左側がエトレ豊中のビルです。
この部分も以前は歩道が中途半端で、あまり落ち着いて歩ける構造ではなかったのですが、工事推進の結果、ようやく画像のように歩道が完成し、歩道部分が明確ではないという問題も解決されました。

撮影:同上  工事完成前
画像16  
画像15の位置で、回れ右をして撮影しました。工事中の時点では、もっと狭い歩道に見えたのですが、予想よりだいぶ広い幅に仕上がりました。直進すると、新しく出来た信号つきの横断歩道があり、そこをわたるとバスターミナル、わたらずにそのまま歩道を進む(左方向に)とタクシーのりばに着きます。

撮影:2004年7月22日  工事完成前
画像17 
豊中駅前の交差点を、陸橋から撮影しました。
一見すると、画像3と全く同じで、ちょっと右に位置をずらしただけ、と思われるでしょうが、一つ大きな変化があります。それは、横断歩道の位置が変わっていることで、向かって大分手前側に移設しました。旧横断歩道跡を、まだこの画像では見ることができます。
画像14で、何故歩道のスペースをあそこまで拡張していたのか疑問に思っていたのが、ようやく解けました。
改めて、最初に撮影した画像1の、工事完成前の時点と比較すると、歩きやすい交差点周囲になったとつくづく感じます。

撮影:2004年4月22日
画像18  
2つ上の画像16の位置から、少し前へ進んだ地点です。横断歩道があり、わたって左にまがるとズラリとバスのりばが延びています。丁度、発車したバスが信号待ちをしていますね。

撮影:2004年5月20日
画像19  
上画像の横断歩道をわたる手前から撮影しました。1階人口広場の南側が眺められますが、それにしてもこの一角も変わったものです。30年間豊中駅を見続けてきている者としては特にそう思います。丁度この画像の前方、右端の柱があるあたりが、かつてバスの3番のりばでした。そしてその左側に、2番のりば、1番のりば、更にタクシーのりばと続いていました。

撮影:同上
画像20  
画像19の位置から、左向け左をして撮影した物です。ここをまっすぐ歩くと、間もなくタクシーのりばです。

撮影:2004年5月22日
画像21  
こちらは駅人口広場南側、ちょうど、克明小学校・阪急岡町方面へ向かう通りの歩道です。もともと、この位置にはバスの4番のりばがあり、岡上の町2丁目(旧市立病院前)・克明小学校前・旭ヶ丘方面へ向かうバスが発着していました。かつてはここも本当に狭い歩道で、特に前方、左にカーブを描いている辺りは、自転車が1台通るのがやっとという極端な狭さでした。ちょうど電柱が写っていますが、電柱より左側の部分が、もともとの歩道幅だったのです。カーブのポイントでは歩道が変に急傾斜になっており、車いすはもちろん、乳母車などもろくに通れないという道でしたが、ほんの数年前には想像もしなかった広い歩道に生まれ変わりました。改めて、街って変われば変わるものなんだ、と思います。それにしても、今にして思えば、昔の歩道の姿も写真に残しておけばよかったですね。

撮影:同上
画像22  
当サイトの、第五代トップ写真になっていた画像です。何年も豊中駅に行っていなかった人がパッと見たら、「どこ?ここは」という事になるでしょうね。見違えるほどきれいになりました。この翌日から、新バスターミナルが使用開始されています。

撮影:2004年5月19日
画像23  
上の画像から、少しだけ位置と角度を変えて撮影しました。向かって左側には、タクシーが何台も待機しています。しかしこうして見ると、1列に6つののりばがズラリとならんでいる夜景というのも、なかなか壮観に映りますね。
なお、同じく使用開始前夜の撮影です。

撮影:同上
画像24  
上の画像の位置から右向け右をして撮影をしました。1階人口広場の全容です。今回整備されたこの一角に限れば、なかなか奥行きを感じられる広々とした駅前になったと思います。しかし、向こう側の商店街は、昔の狭苦しい姿のまま。何でも現代的な新しいものがよいとは決して思いませんが、もう少し商店街がすっきりとすれば、より洗練された駅前になるのではと思います。

撮影:同上
画像25  
こちらはタクシーのりばです。この位置が正式なタクシーのりばとなってからもうだいぶ日が経ちますが、それにしても不思議に思う事があります。それは、まるでアメリカや中国といった右側通行の国を思わせる、右側からの乗車となっている事です。本来は左側からの乗車なのに、この駅だけ例外となりました。そのため運転士は、乗客が来るといったん車から降り、後ろのドアを手で開けて、それからまた車内に戻る、という動きをとっています。中には右側後部扉を自動扉にした車も見られますが、そうでない車の方が多いように思えました。いずれにせよ、この“右側乗車”は今ひとつ違和感があってピンと来ないというのと、降りる時は左側(歩道側)のため、乗客は右から乗ったら必ず座席左側に移動しないといけないというのがあります。更に助手席に乗る時は向こう側(左側)に回らなければならず、バスがひっきりなしに発着していてあまり安全とは言えません。
まだ駅のリニューアル工事が始まった頃に公表されていた完成予想図を見ても、タクシーのりばは右側からの形態になっていました。一体何故このような変則的な形にしたのか?普通に左側から乗車するのりばには出来なかったのか?今でも疑問が残ります。

撮影:2004年5月22日
画像26  
阪急電車の南改札口を出た直後に広がる、2階人口広場です。画面右端に見えるのが1階に降りるエレベーターとエスカレーター、そして左端に見えるのがバスのりばへ行く階段です。つまり、バスのりばへ急ごうと思ったら階段しかありません。出来ればこちらにもエスカレーターを付けてほしかった、と思うのは私だけでしょうか?
内容的に『駅/設備編』と被ってきた様にも思えますが、話の流れ上、こちらに加えさせていただきました。

撮影:2004年5月26日
画像27 
丁度1ヶ月ぶりに、豊中駅周辺歩道の画像を追加しました。
こちらは豊中駅東側の南寄りの位置ですが、だいぶん広い歩道が完成しました。この歩道部分が、かつて電車が高架になる前は線路でした。その時には、左側に写る道は本当に狭く、特に線路側は歩道も全くなくて人も歩けない状態でした。今はあの頃からは想像もつかない姿に生まれ変わりました。

撮影:2004年7月22日  工事完成前  
画像28 
上の画像をずっと進んで、元来た方向を撮影しました。画面下の方に、タイルの色が変わっている境目部分が写っていますが、前方に延びる新しいタイルが、新たに完成した歩道です。。
バスターミナルが完成して一応の区切りをみた後も、駅周辺では盛んに歩道工事が続きました。

撮影:同上  工事完成前
画像29 
画像28と反対方向です。ずっと先に進むと岡町駅ですが、こちらの方向の歩道は以前から完成しており、車いすの人とも歩いた事があります。
因みに、左側の車道は、現在は進行方向への一方通行ですが、かつては両側通行で、違法駐車があった時には、バス同士の擦れ違いも困難を極めていました。

撮影:2004年6月18日  
画像30 
画像27と28の位置を、向かい側の歩道から撮影したものです。
この画面右側の歩道も、きれいに整備されています。かつてはこの歩道も、自転車同士の擦れ違いすら難しいくらい狭い歩道でした。
車道もきれいに舗装替えが行われていますが、以前はこの位置にバスの4番のりばがあり、車道上にも『バス停』と書かれていました。

撮影:2004年7月22日  工事完成前
どの画像もすべて、右側に解説が書かれております。また画像をクリックすると拡大画像のページにリンクされます 画像31 
さて、こちらは画像30とは全く反対側で、豊中駅構内の最も北側(蛍池寄り)の部分です。この画像は南方向を向いて撮影しており、前方に見えるスーパーが、最近新しくオープンしたスーパー『KITANO』です。進行方向にまっすぐ進むとやがて信号があり、渡るとバスターミナルになっています。この付近も歩道が完備されたわけですが、やや駐輪の量が多いのが気になるところです。

撮影:2004年7月6日
画像32 
上の画像と反対方向に(北方向に)しばらく進んだ地点です。高架下に歩道がつくられ、右側が国道176号線となります。前方のトイレの上には、『KITANO利用者専用』という表示がなされていますが、KITANOからこのトイレまで、やや距離があるのですよね。むしろ、向こう側から歩いてきた人にとって使用しやすいかも・・・・・。ところでこの区間では、歩道が傾斜になる両側部分に点字ブロックが敷かれていますね。あまりこのような例は見ないと思うし、全然急なこともないスロープの前後に、あえて点字ブロックを敷く必要があるのか?とも感じます。同じ敷くなら、歩道に沿ってのほうがいいと思いますが・・・・・。

撮影:同上
画像33 
上の画像からもう少し進んだ地点です。この区間では、高架下の雨にぬれない部分は駐輪スペースになっており、歩道は国道脇となっております。この区間も、自転車が手前にあふれかけていて不安かな?という部分が見られます。まあ、いつもこうではないと思いますけど。

撮影:同上
画像34 
上の画像から更に進むと、この地点に着きます。ここから先は、高架下はフェンスで囲まれた駐輪場や駐車場、そして歩道はアスファルト舗装になります。普通の、道路脇の歩道に近い状態になるわけですが、この先、電車の高架は徐々に低くなり、やがて地上区間となります。その手前で、歩道もいったん途切れる事になります。

撮影:同上
画像35 
上の画像から、90度左を向いて撮影しました。高架下をくぐって、反対側(駅西側)に抜けられるようになっています。右側に写るフェンスは、上の画像の物と同一ですね。元々はこのあたりに踏み切りがあったと思います。

撮影:同上
画像36 
こちらは駅西側、玉井町の歩道です。ちょうど上の画像の歩道を歩いて高架の反対側に来たところで、前方が豊中駅、左が電車の線路となります。ごらんの通り、玉井町側の歩道はまだ昔ながらのままで、家の玄関との合流地点も傾斜が急です。やがてはこの地区の歩道もバリアフリー対応になるのでしょうか?このような歩道だと、車いすの人は必ず車道を走ります。しかしこの道の車道も交通量は多く、安全とはいえません。ですから早く改良してもらいたいです。

撮影:同上
どの画像もすべて、右側に解説が書かれております。また画像をクリックすると拡大画像のページにリンクされます 画像37 
こちらは再びバスターミナルです。バスのりばより、向かい側の歩道を撮影しました。これより向かって右側にはタクシーのりばがあります。さて、この位置なのですが、タクシーのりばが完成してからも、しばらく工事が続いており、完成後もご覧のように立入禁止のくさりが置かれている状態でした。そしてこの日に見ましたら、『身障者乗降場』という表示が掛けられていることに、初めて気が付きました。一体いつから掛けられているのか?そして、身障者乗降場に停まる対象とされている車が、どういったものであるのかというのも、気になるところです。福祉タクシーだけが停車できるのでしょうか?それとも、タクシー以外のリフト付きワゴン車なども停めることができるのか?もう少し具体的な情報がほしいところです。

撮影:2005年1月13日
※なお、今回新設された1階人口広場には、トイレも新たに設置されています。それについては、『駅/設備編』の、10番目のトピックにて掲載しております。また、同じページの下のほうには、旧豊中亀岡街道の画像を掲載しています。




少路・桜の町地区歩道
どの画像もすべて、右側に解説が書かれております。また画像をクリックすると拡大画像のページにリンクされます 画像1 
豊中市北部、通称ロマンチック街道(正式名称は豊中亀岡線、かつては箕面曽根線と呼ばれていた)の沿道に位置する、少路二丁目バス停付近で撮影しました。この辺り、かつては池ありあぜ道あり畑ありで自然の宝庫だったのですが、現在は画面右側に少し写っているように、完全に住宅造成地と化しました。全く自然のない殺風景な景色に変わったのは、昔の姿を知る者としては寂しい限りですが、ただ一つ良かったことといえば、歩道がうんと拡張されたことです。とにかく車いすで進むのは至難の業で、他の道との合流地点も極めて急だったこの地区の歩道が、一転、車いす同士ですれ違いも可能な広さになりました。傾斜もゆるやかになっています。
画像は舗装工事も完成し、リニューアルされた歩道です。

撮影:2004年4月15日   工事完成前
画像2
画像1から見て手前側にきた位置での撮影です。
この区間はまだ歩道が元のままですが、一番せまくて進みづらかった区間に比べると、まだ少し広いほうと言えます。画面手前の合流口の部分が、多少斜面がありますかね。
いずれ周囲の歩道リニューアルに合わせて、改良されるものではないかと予想しています。

撮影:2004年2月19日
画像3
上の画像2と同位置で、回れ右して逆方向を撮影したものです。
この区間も将来はリニューアルされると予想していますが、その際には、左にある側溝のふたを改良して欲しいですね。画像に写っているタイプの物は網目の間隔が大きく、視覚障害の人の白杖が引っかかりやすい傾向があると思います。

撮影:同上
画像4 
上の2つの画像の位置から、道路をはさんで反対側の歩道を撮影しました。目下、沿道の開発が行なわれています。
先ほども述べた、車いすで通るのが至難の業という歩道ですが、この反対側の歩道では特に、長い区間そういう状態になっていました。自転車同士のすれ違いもほとんど不可能、というくらい狭かったのですが、ようやく改良されて、今では充分すぎるぐらいの広さになっています。ただ、沿道に関しては、この地域の住人としては、元のまま、自然を残してほしかったという気持ちが強いです。

撮影:2004年7月20日  工事完成前
画像5 
画像4で写っていた歩道を、工事完成後に撮影したものです。
当サイトの、二代目トップ画像にもなっており、その当時もトップページで述べておりましたが、とにかく自転車で走ると、昔と全然感触が違います。
おおげさな言い方ですが、まるで違う町に来たみたいな気分になります。

撮影:2004年4月8日  工事完成前
画像6 
ちょうどロマンチック街道と、中央環状線との交差点部分から撮影しました。このまま数十メートル進むと、画像5の地点になります。
視界良好、舗装オーライ。この区間は、かつては舗装状態も、決して満足とは言えませんでした。

撮影:同上  工事完成前
画像7
こちらは上野口のバス停付近です。この位置から前方へ2分ほど歩くとモノレール少路駅があります。そして車で前方へ5分ぐらい走ると、千里中央ですね。
この上野口付近でも、歩道が拡張され、点字ブロックも設けられました。元々そんなに狭いことはなかったのですが、ここまで広くなるともう充分ですね。

撮影:2004年3月20日  工事完成前
画像8 
久しぶりに少路地区の画像を追加しましたが、この場所は画像5の位置から、少し前方へ進んだところです。前に合流地点が見えますが、それより向こうは歩道が昔のままになっています。つまり未改良なわけで、確かに画像5や画像6の改良前に比べればまだ幾分広いのですが、それでもだいぶん幅に差が出たことがご覧になれると思います。点字ブロックもなく、いずれは前方の歩道も改良してほしいと思います。果たして今の時点で、その計画はあるのでしょうか?

撮影:2004年6月3日
画像9 
上の画像を更に少し進んだ地点です。少路地区から、となりの西緑丘地区に差しかかろうかという地点ですが、横断歩道の渡り口部分が、かなり傾斜があります。やっぱり新旧の歩道で、改めて建設時の価値観の差を感じますね。このような場所も、全国至るところで見られるだろうと思います。

撮影:同上
どの画像もすべて、右側に解説が書かれております。また画像をクリックすると拡大画像のページにリンクされます 画像10 
04年6月17日〜7月1日まで、当サイトのトップ写真(第7代)になっていた画像です。
豊中市少路地区から桜の町地区にかけては、元々丘陵地帯の斜面だったところに街がつくられた関係で、極端に急な傾斜がつづき、どの道を通っても相当な急坂です。そこへ今回、ご覧のようなスロープがお目見えしました。これはまだまだ柵がされていて、開通していない段階の画像ですが、現在は開通しています
急な坂道というのは自転車はもちろん、車いすの人にとっても、決して移動は楽ではないものです。しかしこの地区は、地形上の理由だけに解消は不可能と思っていたのですが、なかなかありがたい物が誕生してくれました。

撮影:2004年6月8日
画像11 
上のスロープを、少し横の位置から撮影したもので、ほぼ全景が写っていると思います。私自身、上野西・少路地区から桜の町地区へ自転車で移動しなければならない事は少なくなかったのですが、行きは極端な下り坂でまだしんどくはないにしても、帰りは自転車をこいだまま移動するのは相当キツイものでした。このスロープは、車いすの人にとってもそうでしょうが、自転車の人にとってもおおいにバリアフリーなものになっています。
それにしても、見てみるとこのスロープ、途中4回も左折のカーブがあって、最後は前に通った部分の下をくぐって、やっと終わるという物になっています。ここまで何回も曲がり角を作り、なおかつ、一つの角から次の角までも長く取らなくては、緩やかな傾斜が維持出来ないわけですね。改めて、いかに急な地形であるかを認識させられました。

撮影:同上
画像12 
さて、上2枚のスロープですが、具体的にどの位置にあるのか、わかりやすく示すために、この画像を撮影しました。画面右手前の柵が、画像10に写っている柵です。そしてその左側には車が列をつらねる道路が延びていますが、この道路は通称ロマンチック街道です。ちょうど向こう側が交差点になっていますが、これは中国自動車道と中央環状線をまたぐ交差点で、わたるとすぐに豊中救急医療センターがあります。奥のほうに写っている白い建物がそれです。

撮影:2004年6月10日
画像13 
画像10と同じ位置ですが、スロープの横に階段も造られています。普通に歩くことが出来て急いでいる人は、こちらから下りる事も出来ます。階段を下りた先で、スロープと合流しています。なお、この画像では柵がなされていますが、画像10同様で、現在は開通しています。

撮影:2004年6月8日
画像14 
ここは少路二丁目バス停の手前、戸田記念館があるところの交差点です。この交差点を挟んで手前側は歩道が拡張され、点字ブロックも設置されていますが、向こう側は未改良のままです。そしてここから左方向へ、大変急な坂道があるのですが、その坂道でも、向かって手前側の歩道は改良されているのに対して、向こう側の歩道は古いままとなっています。この次の画像をご覧下さい。

撮影:2004年6月10日
画像15 
上の画像で述べた坂道です。この画像は、上で写っていた交差点をわたった向こう側から撮影しました。ご覧のように、向かって右側の歩道は非常に狭く、前方に電柱も見えていますが、歩道が電柱でほとんどふさがっている格好になっています。それに対して左側の歩道は、それなりに拡張され、合流地点での傾斜も、元々が急坂であるのはともかくとして、緩やかになって、歩きやすくなっています。

撮影:2004年6月8日
画像16 
上の画像を、逆方向から撮影したものです。比較的状況が良くなったのが右側の歩道、そして左側の歩道の狭さが、この画像でもわかるかと思います。ちょうど電柱が続けて立っている部分も写っていますね。
それにしても本当に急な坂です。上がるよりも、下りる時のほうが、特に手動の車いすの場合難しいでしょうね。そしてこの時点では、車道の部分の舗装状態が、あまり良くありませんでした。

撮影:同上
画像17 
画像12とほぼ同じ位置から、西方向(桜の町方向)を撮影したものですが、今まさに住宅造成まっ盛りです。このあたりはかつて、花畑が広がっていまして、畑の中のあぜ道を、若かりし頃の愛犬トロを連れて散歩をしたりしたものです。
それがもうすっかり昔の面影はなくなり、平凡な住宅造成予定地へと姿を変えたのは、寂しい限りだと感じています。自然もすっかり潰されてしまいましたが、先ほど紹介した、急坂解消のスロープがつくられたことだけが、唯一ありがたい事だと思います。

撮影:同上
画像18 
上の画像と同じ住宅造成予定地で、別のポイントからの撮影です。この時点ではまだこの区画は全て立ち入り禁止で、ある程度道は完成していましたが、人が通ることは出来ませんでした。画像10〜12のスロープが使えないのもそのためだったのですが、現在は開通しており、それに伴ってスロープも開通の運びとなりました。

撮影:同上
画像19 
交差点での撮影ですが、これは画像14と同じ交差点で、ちょうど道路をはさんで反対側を撮ったものです。前方に道が延びておりますが、かつてここは自然のままの状態で、細いじゃり道しか通っていませんでした。そして奥には池があり、竹やぶや雑木林など、とにかく自然の宝庫でずっと奥まで畑が広がっていました。それがこれだけ変貌するのですから、時代の流れを感じずにはいられません。画像の道は、モノレール少路駅への短絡ルートで、当然歩道も広く、モノレールを利用する車いすの人にとっては、重要な道となりました。

撮影:2004年7月20日
画像20 
「何?これ」と思われたことでしょうが、おまけの画像です。ちょっと遊び心(笑)。
場所はちょうど画像18を撮影したあたりで、私自身は日頃あまり見かけない白い鳩が歩いていたので、「おー、こりゃ珍しいなー」と思っていたら、いつの間にか撮っておりました。

撮影:2004年6月8日
どの画像もすべて、右側に解説が書かれております。また画像をクリックすると拡大画像のページにリンクされます 画像21 
ここはロマンチック街道に入る直前、箕面曽根線と中国自動車道が交差しているところです。画像の橋は、村町橋と呼ばれています。
この画像で見ていただきたいのは、ちょうど手前の、歩道右脇の部分です。柵が無く、子どもでも軽くまたげる段だけで、下の高速道路へ転落する危険性が残されています。この橋の、ほかの末端部分はきちんと柵が完備されているだけに、何故この一ヶ所だけ柵が未完備なのだろうと思います。このすきまを見るたびに、特に小さな子どもとか、誤って転落しないかと不安になってしまいます。

撮影:2004年11月9日
画像22 
上の画像は、撮影したかったポイント部分のみをアップしたため、もう少し周囲の状況がわかる範囲にして撮影しました。柵が一番手前の、ちょうど白のガードレールがあるところまで来ていないのが、なにか不自然に見えてしょうがないですね。高速道路の向こう側は、上野西三丁目になります。

撮影:同上
画像23 
画像10〜13でご紹介した、“桜の町の急坂”を解消するスロープです。スロープは未開通ですが、階段部分が先行して開通していました。

撮影:同上
画像24 
早速、開通した階段をおりてみました。右側に写る工事中柵が、ちょうどスロープが合流してくる部分です。階段も健常者にとっては別に悪くはないですが、とにかく、早くスロープが開通することが待たれますね。

撮影:同上
画像25 
画像10〜13を撮影時、上から見ていただけでは気が付かなかったのですが、この『新スロープ歩道』の終端地点には、このようなポールがついておりました。一見通行に不自由にも思えるのですが、恐らく自転車がスピードを出しすぎて通過するのを防ぐためでしょう。この地点のする後ろ側は道が横方向(左右方向)に延びており、自転車がスピードを上げたままだと、T字路で道に飛び出すという格好になり、大変危険です。そのため、このポールの設置は止むを得ないといえるでしょう。

撮影:同上
画像26 
上の画像のポールを、90度角度をかえて撮影しました。他の場所でも、このようなポールがあった場合、先ず気になるのが、『車いすが通る幅があるのか?』ということです。このポールでも最初見た瞬間は不安になりましたが、その場で見てみた感想としては、車いすが通るだけの幅が確保されていると思いました。もちろん、手先の自由がききにくく、車いすをカーブさせるのが難しい人にとっては、多少やっかいなポイントになるでしょうが、いちおう幅的には狭くないことがわかってホッとしました。

撮影:同上
どの画像もすべて、右側に解説が書かれております。また画像をクリックすると拡大画像のページにリンクされます 画像27 
さて、画像23〜26で、部分開通したスロープをご覧いただきましたが、2005年1月末、やっとスロープ部分も開通し、電動車いすや自転車で、このスロープを通行することが出来るようになりました。前年の6月に構造物自体が完成してから7ヶ月、スロープ下の住宅造成地区の整備がようやく終わったため、開通の運びとなりました。この日は初めて歩いて往復し、後日、自転車でも往復してみました。スロープを下りた下の道も若干坂道になっているとはいえ、これまでの道に比べると格段と傾斜がゆるやかで、『ロマチカ(ロマンチック街道)』と桜の町地区を行き来しやすくなりました。改めて、有難いスロープです。

撮影:2005年2月13日
画像28 
上の画像を、僅かに角度を変えて(真正面から)撮影しました。電動車いすがすれ違うことは充分可能と思われるような、広いスペースです。スロープ手前には点字ブロックも整備されています。

撮影:同上
画像29 
スロープを途中まで進んだ地点で撮影しました。この画像の前方が、上2枚の撮影位置であるロマンチック街道です。ちょどこの地点でスロープが90度曲がっているのですが、角の部分は平になっており、向かってどちら側のスロープの手前にも、点字ブロックが設置されています。

撮影:同上
画像30 
画像29と同じ位置で、右向け右をして撮影しました。これより前方でもまたスロープがカーブを描いており、やはり角部分が平になっていて、そのこちら側と向こう側のスロープの手前に点字ブロックがあります。なかなかバリアフリーなスロープだと思います。

撮影:同上
画像31 
スロープを下まで下りた地点で撮影。画像24とほとんど同じ位置になります。従って、この左側に階段があることになります。

撮影:同上
画像32 
画像31から、90度右方向を撮影しました。前方スロープ道を出た向こうの道も、歩道はなかなか幅が広いものになっていました。

撮影:同上
どの画像もすべて、右側に解説が書かれております。また画像をクリックすると拡大画像のページにリンクされます 画像33 
スロープを、下側から撮影しました。土地が大きく下がっているだけに、スロープは下から見上げると、それなりに高さがあるものとなっています。しかし、本当にこのスロープのおかげで、特に上り坂は緩やかになりました。

撮影:2005年4月16日
画像34 
上の画像を、もう少し後ろの位置から撮影しました。スロープの左側は、この時点ではまだ何も建ってはいません。現在の状況は、最近あまりここに行かないので分からないのですが、いずれはこの辺りに目立っていた空地も、建物で埋まるのだろうと思われます。

撮影:同上
画像35 
スロープの前の道です。歩道はゆったり広く、縁石だけが突出している新タイプの歩道です。渡った向かいには自動販売機もありますが、反対側は歩道にはなっていません。もっとも、これで十分だと思いますけどね。自動販売機の後は、フェンスで囲まれた空地になっていますが、やがてこの場所も建て込んだ場所になるのだと思います。

撮影:同上
画像36 
さて、スロープの下の一帯は、スロープ完成後も長らく造成工事中でしたが、この時点では普通に歩けるようになっていました。少し下に向かって歩いた時点から、もと来た方向を撮りましたが、やはり土地そのものの傾斜が極めて急なだけに、スロープ以降もゆるやかな坂道になっています。

撮影:同上
画像37 
上の画像の逆方向(下方向)を撮影したものですが、引き続き、坂道となっていますね。しかし歩道も広く、自転車でもこの地区を走りやすくなりました。その一方で、画像の左(歩道の左側)をご覧いただきたいのですが、フェンスとの間に溝があり、しかもふたが全くありません。歩道の幅がこれだけあれば大丈夫だとは思いますが、やはりせっかくの新しい道で、側溝はムキ出しにせずにふたをして、より安全にして欲しかったです。

撮影:同上
画像38 
ある程度坂道を下の方まで降りたところで、上方向を撮影しました。この地区の歩道は、合流地点手前にのみ点字ブロックがありますね。歩道全体にはついていません。そして歩道右側には、『分譲中』と書かれた旗看板が見え、その斜め向かいも買い手待ちでしたが、恐らくもう売れたことでしょう。のちのちには、造成初期の貴重な記録となりそうです。

撮影:同上




曽根駅付近歩道 
どの画像もすべて、右側に解説が書かれております。また画像をクリックすると拡大画像のページにリンクされます 画像1
画面前方が阪急曽根駅となります。ちょうど交差点のところで、これより右方向には、バスの曽根東停留所があります。この歩道、かつては舗装状態が相当悪く、車道との境目部分にも大きな段差がありました。そのため、歩道の右側にはガードレールで区切った追加の歩道スペースもあったのですが、ここを車いすで行くには、途中狭くて通りにくい部分もあり、結局は不自由な状況でした。それが現在はご覧のように改善され、段差も無く、幅の広い歩道に生まれ変わりました。本当に通りやすいですね。

撮影:2007年5月31日  改良工事前
画像2
画像1から少し進んできた地点です。この地点は、以前は極端に歩道が狭くなっていました。それこそ人が一人立つのがやっとで、歩道自体もガタガタの劣悪。本当にどうにかしてもらいたかったのですが、その後、拡張されました。もとは画像の歩道のうち、右端5分の1ぐらいを除いたスペースには建物が建っていました。それを取り壊して歩道にしたのですが、現在はさらに整備・改良され、すっかりリニューアルされた歩道になりまして、昔の面影はありません。

撮影:同上  工事完成前  改良工事前
画像3
画像2の地点から数歩前に進んだところです。この位置も、以前は“極狭”で、歩道の表面も、まるで掘り返して舗装工事中のような、劣悪な状態だった所です。合流地点に来ても歩道はほとんど傾かず、自転車で走った場合など、『ガタン』と思いっきりショックを感じていました。それが拡張され、現在ではリニューアルされてご覧の通りです。存分に広い歩道となって、すっかり往来がしやすくなりました。

撮影:同上  工事完成前  改良工事前
画像4
画像3を前方から逆向きに撮影したものです。この部分は、かつては歩道がねじれた様な形で通っており、まっすぐ歩くといつの間にか、駐車場の中に入っていて、歩道はその位置よりずっと左側という、奇妙な位置関係になっていました。要するに、まっすぐ一本の歩道として整備されていなかったのですが、それもリニューアル以降はご覧の様に、ごく普通の歩きやすい歩道になりました。本当に、ここまで生まれ変わるとは、かつては予想していませんでした。

撮影:同上  改良工事前
画像5
画像4を、さらに後方から撮影したものです。かつてはちょうど植木の辺りで、突然歩道の幅が変わっており、部分的に行き止まりになっていたので、視覚障害者にとっては混乱を招くものでした。さらに点字ブロックによる誘導も一切無く、安全性が問われていたのですが、現在は安全な歩道となり、また植木の右側に点字ブロックも設置されています。

撮影:同上  改良工事前
画像6
画像3で、前方に曽根駅が見えていましたが、その、駅前の交差点を渡って、駅のすぐ前に立ったところです。この辺りは、かつてはこの様な広い交差点ではなく、決して歩きにくい狭さではなかったですが、車道の幅は狭く、また交差点を挟んで左右の道が、滑らかに一本にはつながっていませんでした。そのため車はしばしば『小渋滞』の状態となっていましたが、ドーンと大きな交差点に造り替えて再整備し、また歩道と車道の段差も解消されました。

撮影:2007年5月16日
画像7
画像6の位置から、ダイエー方面を望んでいます。ここもすっかり広い道路となり、昔の姿からは想像出来ない様な姿となりましたが、かつてはこの車道の真ん中あたりに、広い植木スペースが設けられていて、両側の車道や、その向こう側の歩道はともに幅の狭いものになっていました。現在はバスも通りやすくなったほか、歩道も逆に広過ぎるぐらいになったと思います。

撮影:同上  再整備工事前




阪急梅田→ヨドバシカメラ  
どの画像もすべて、右側に解説が書かれております。また画像をクリックすると拡大画像のページにリンクされます 画像1
今や、梅田のウルトラスポットともいうべき場所となった、ヨドバシカメラ梅田店。私もこれまでに何度行ったかわからず、車いすの人ともかなりの回数行きました。
阪急梅田駅から地上1階に下り、そこからヨドバシカメラに行こうとする時、先ず通るのが左画像の地点です。前方が空港リムジンバスのりば、左手前、ギリギリ少しだけ写っているショーウィンドゥは、ソニープラザです。この位置からヨドバシに行くのに、以前は最短ルートに2ヶ所段差があり、うち1ヶ所はかなり大きな段差だったので、迂回ルートで行かざるを得ませんでした。しかし現在では全ての段差が解消され、バリアフリーになりました。

撮影:2004年4月22日
どの画像もすべて、右側に解説が書かれております。また画像をクリックすると拡大画像のページにリンクされます 画像2 
少し離れた位置からの撮影となりましたが、画像に写っている横断歩道は、ソニープラザ前と新阪急ホテル入口前を結んでいるものです。この横断歩道を渡るのに、以前は歩道と車道の間に段差があり、決して大きい段差ではありませんでしたが、それでも電動車いすの人が1人で渡るには無理がありました。しかし、拡大版を見ていただくと分かるかと思いますが、車道の路面が、歩道の面と同じ高さにまで盛り上げられ、よって歩道と車道が完全にフラットになりました。

撮影:2005年10月23日
画像3 
画像2の横断歩道を、間近で撮影しました。画面上下の端部分に写っているのが歩道です。車道の路面が盛られた結果、ご覧のように歩道と車道の境目の段差が完全に解消されています。ようやく車いすの人も渡りやすくなりましたね。

撮影:同上
画像4
これが、段差解消前の横断歩道です。この段差が一つ目の壁となっていました。向こう側へ渡るのに途中、中間地点の歩道があり、その歩道も車道と段差があったので、ここを渡るのに4つの段差を超えなければなりませんでした。なお、左手前に写っている小さなスロープは、荷物を積んだ台車用のスロープで、バリアフリー対策ではありません。

撮影:2004年5月9日
画像5 
ヨドバシカメラ正面と、新阪急ホテル前をつなぐ横断歩道手前です。道路の向こう側に見えているのがヨドバシです。この画像、目の前にスロープがありますが、かつてはこの部分にかなり高さのある段差があり、ルート最大のネックになっていました。このスロープが出来たことで、阪急梅田〜ヨドバシ間は完全にバリアフリーになりました。

撮影:2005年10月23日
画像6 
画像5のスロープを反対側から撮影したものです。スロープの両側の部分は、手前の歩道と段差のある状態になっていますが、以前はスロープ部分もこの状態でした。ここがスロープ化されて、大変便利になったと思います。

撮影:同上
画像7 
これが画像5・画像6の、スロープ設置前の状態です。歩道の向こう側の車道を通ることは物理的には可能でしたが、そこは空港バスのおりばで、しばしば大型のバスが進入してくるため、いきなり車いすで歩くには危険な箇所でした。

撮影:2004年4月22日

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