彦根ご城下巡回バス乗車 撮影:2003年8月24日
彦根駅前を起点に、彦根港→龍潭寺(りゅうたんじ)→護国神社前→彦根城→夢京橋キャッスルロードを通って、彦根駅前に戻ってくる、『彦根ご城下巡回バス』です。一周約35分で、彦根城を始めとする市内の主要名所を一巡します。使用車両は、昔懐かしいボンネットバスで、私自身は、普通に通勤バスとしてボンネットバスが現役だった時代を知りません。それだけに貴重な存在で、かつて現役だった時代を知る世代が羨ましくもあるのですが・・・・・。この車両は、元は京阪バスだった車両で、当時は『おいでやす京都号』という愛称で京都市内の観光に使われていました。1980年頃に、私も京阪バス時代の姿を見た事があります。その時以来、20数年ぶりの再会となったわけですが、塗装もすっかり変わったこのボンネットバスに、初めて乗る事が出来ました。


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『彦根ご城下巡回バス』の、リア面と側面です。
この、丸っこい形のボディーが、かつては当たり前のバスのボディーでした。窓も大きく曲線を描いており、また下の画像でよく分かると思いますが、側面の窓も、下から上に開けて、上の一部が固定になっています。このような窓は、これまたかつては全国どこのバスでも見られた標準仕様で、俗に『バス窓』と呼ばれていました。昔は冷房も無かったですから、このような、座っている人にとっても広く開く窓だったのですね。この『バス窓』の車両には、私もずいぶん乗ったものでした。そして私が小さかった頃にも、まだ通勤バスには冷房車は一台も無く、初めて冷房付きバスが登場した時の驚きと感激を、今でもよく覚えています。当時、現在のような、窓からボディーから、何もかも『四角型』のバスが当たり前になるとは、想像も出来なかったですね。
昭和40年代以前に物心が付いていた世代の人にとっては、タイムスリップした様なこのボンネットバス、側面の後ろも柔らかに丸みを帯びており、このような形のバスは、私も記憶にあります。道路そのものの舗装状態の悪さもあって、当時はバスの乗り心地も相当悪かったと聞きますが、今となっては懐かしいですね。
さて、回顧録のような話ばかりになってしまいましたが、この2枚と上の1枚は、いずれも彦根駅前の待機場に停車している巡回バスです。


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さあ、いよいよ乗り場にやってきました。こういうショットが、昭和40年代以前は、どこの駅前でも見られたのでしょうね。バスが駐車場から乗り場に移動する際、エンジンの音も聞いたわけですが、現在のバスとは全く違う、大変懐かしいものでした。何というか、シンセサイザーが錆びたような音ですね(←変な例えでサッパリ分からんって!?)。


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私が発車待ちのボンネットバスを熱心に眺めていると、運転士さんが、「ボンネットの中も見てみるか?」と言って、ふたを開けてくれました。これは思いがけない大サービス=Aバスは好きでもメカの事はよく分からないのですが、じっくり見せてもらい、撮影もしました。昔の消防車やトラックも、思えばこんな面差しをしていましたね。下の画像では内部をドアップで写しておりますが、う〜ん、やはりクラシカルというか、現在の車のボンネットの中のようなコンパクトさは感じられないですね。手前のぶっといホースは何だったでしょうかね。オイルフィルター・・・・・??いずれにしても、現代の日常ではなかなかお目にかかれない代物です。


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車内の様子です。まず後ろ半分ですが、中から見ても、リアの部分にかけて、屋根が相当丸みを帯びているのがよく分かります。どこまでが屋根でどこからが側面か、あまり境目が分からないような感じで大きく曲線を描いており、現在のバスの、角ばった仕様とは全く異なっています。何となくズングリムックリですが、そこがまた、味がありますね。ちなみにボンネットにエンジンのあるこのバスは、リアに関しては何もないため、背面いっぱいいっぱいの位置にまで座席があります。まさに壁一枚隔てて外という感じなのですが、揺れが相当伝わってきそうです。床も木、フロントガラスも狭くて角が丸く、現在の、大き過ぎるぐらいワイドな窓からは、まさに隔世の感があります。扉が真ん中1箇所のため(これも昔のバスは大抵そうだった)、扉のすぐ前に運賃箱が置いてありますね。そして最前部まで座席があります。
なお、画像では分かりませんが、座席のクッションも相当硬く、座ると上にボコッと持ち上げられるような心地でした。


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運転席部分です。これまたずいぶんと簡素なもので、ハンドルもリングが細く、半径が大きいです。モニターテレビも付いておりますが、実に懐かしい型ですね。計器類もシンプルで、いかにもアナログと言った感じ。昔はハンドルを切るのにも相当力が必要だったようですね。窓の外には、ボンネット部分が見えます。


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この2枚は車体とメカ部分の製造プレートを、それぞれ収めたものです。上は車体ですが、『TeikokuBody』と書かれています。現在の日野車体の前身で、かつて一時代を築いた『帝国ボディ』の車両で、本当に懐かしい名前です。製造は41年6月となっていますが、昭和41年=1966年の製造ですね。この頃は、既に前面がフラットのリアエンジンバスが主流となっていたため、ボンネットバスとしては、最末期の世代です。
そして下のプレートは、ローマ字の筆記体で『Isuzu』。その上には日本語でも『いすゞ』と、紋章に囲まれて書かれていますが、懐かしいデザインですね。


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さて、ここまでバスの車両そのものについてばかり言及してきましたが、ここからはいよいよ巡回(周遊観光)に移ります。画像に写るオジさんは、観光案内をしてくれるガイドさんです。レトロなバスに似つかわしい、レトロな(失礼!)ガイドさんで、独特の語り節で、「このバスはクッションも大変悪うございます。」など、味のあるガイドをしてくれました。昔は、このような感じでバスにも車掌さんが乗っていたのですね。その当時を知る人には、懐かしくも写るショットだと思います。この時はちょうど、龍潭寺に行くのにJR線の踏み切り待ちをしているところで、ちょうど電車が通過して行くのが、ドアの窓ガラス越しに見えます。きれいな声がウリの若い女性ガイドも悪くはないですけど、私は個人的には、このような『オッサンガイド』のほうが、何となく馴染めて好いです。等身大に見えるからだろうって(笑)?


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上の画像と反対方向を撮影しました。この、バス窓の、窓のふちにひじを置いて外を眺めるという構図は、少年時代を思い起こさせます。思えばここまで窓が全開だったら、すぐにも身を乗り出せてしまって、危ないですよね。運転席の上にある扇風機も時代を感じさせます。そして画面左下には、少し端が切れていますが、建立当時の彦根城周辺の絵図が示されています。


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前頭部のようすですが、窓の向こうには琵琶湖が広がっています。彦根港ですね。ずーっと地平線が続く、開放的な景色です。それにしても、、この一番前の座席、左側に運転席横のような、引き違いの窓があるのも、いわゆる『中ドアオンリー』ならではの状況。この後少し座ってみたのですが、もう一度、今度は最初から最後まで座ってみたいですね。


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ここが巡回バスのコースの中でもなかなかお勧めと言われている、夢京橋キャッスルロードです。彦根城の南西方向に位置し、かつての門前町の雰囲気を今に伝える区間です。ご覧のように、周りの建物は、江戸時代の雰囲気をそのまま残しています。恐らく、道路幅はもともとはもっと狭かったのでしょう。歩道も広々としてバリアフリーになっていますが、それでもタイムスリップをしたような、『江戸時代の旅の感覚』は味わえます。私は撮影のほうに夢中でしたが、ガイドさんもここを歩いてみることを勧めていましたね。


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キャッスルロードから、四番町スクエアのところを左折します。このショットは、2枚上の画像に出ていた最前席より撮影しました。ちょうど正面に、狭い道をはさんで建物が2棟写っていますが、こちらも江戸時代の面影豊かなものです。向こう側の狭い道は普通の裏道だと思われますが、車も無かった江戸時代は、現在のキャッスルロードも、この裏道ほどではないにしても、もっと狭かったのではないかと思います。ところでこのショット、バスガイドさんから、「今ここ撮ったらええよ。」と勧められてシャッターを押しました。撮った画像を見せましたら、「おっしゃ、バッチリ。」と言ってくれましたよ(笑)。


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最初は途中下車せずに一周乗った後、2巡目で彦根城を訪問、巡回バスの彦根城停留所で下車しました。画像はバス停と、その後ろに内濠(うちぼり)を挟んで城山公園です。この公園内に、国宝と呼ばれる彦根城がたたずんでいるのですが、では、早速行ってみましょう。


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天守閣へ続く参道への入口です。手前の橋は内濠をまたいでおり、門をくぐると、石段を登っていきます。こういう場所は、さすがにバリアフリー化とかは難しいでしょうが、景観を崩さない程度に、こっそりエレベーターでも出来れば、天守閣を目の前で拝める丘の上にまで、車いすの人でも行けるようになるでしょう。

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彦根城天守閣です。最後は井伊直弼の牙城になっていたこの彦根城は、今や全国に12ヶ所しか現存しない、江戸時代以前建築の天守だといいます。肉眼で見たのは初めてでしたが、さすがに国宝に指定されているとあって、大変優雅で、美しい天守閣です。西の姫路城(同じく国宝に指定)に対して、東の彦根城が、関西における、東西横綱クラスの絶景城郭と言えるでしょう。決してそんなに大きくはありませんが、風格たっぷりの、整った建造物です。天候もよく、きれいに撮れたと思います。


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天守閣内部。戦後になってから再築したのではなく、約400年前の原型の味がほぼそのまま現存しているとあって、なんとも重厚な風格を漂わしていました。古き物からにじみ出る、味というものですね。かなり長い間、私もこの空間にたたずんでいました。




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天守閣からの眺めです。彦根の街を一望出来ます。これも絶景ですね。
一番上は、琵琶湖方面。少し光の入り具合で白く写っていますが、天気は好かったので、実際は前方に琵琶湖の美しい地平線がよく映えていました。
次に真ん中、これも琵琶湖方面を望んでおり、上の画像より若干目線を右方向にずらしたものです。眼下に学校のグラウンドらしきものが見えますが、彦根西中学校のものと思われます。
そして一番下、こちらはこの公園の入口方向を撮影したもので、眼下に城郭の一端をなす建造物の屋根が見えます。瓦屋根がビッシリで、その向こうには外濠、まさに時代劇の世界ですね。ロケの舞台としても、多く使われると聞きます。
このように、彦根市内を余すことなく眺める事が出来る天守閣は、天気がいいと本当に最高ですよ。






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さあ、彦根城天守閣を堪能し、再び巡回バスで彦根駅へと戻ります。こうして見ると、昔ながらのボンネットバスには、お城のある風景がよく似合いますね。さすがに相通じるものがあるというのか・・・・・(笑)。


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再び最前席に座り、前方を撮影。この景色、実はこの画像と同じ場所なのであります。今度はよりズームを効かせて撮影しました。何故そんなにこだわったかは、よく分からないのですが、とりあえず、上でも書きましたけど、ガイドさんから「撮ったらいいよ。」と言われたというのがありましたので。


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彦根駅前にて撮影。一番最後に登場する画像だから、当然下車後に撮ったのかと思われるでしょうが、実は一番最初、乗車する前に撮ったものです。最後にもってきたのは、名所巡回を終え、車に囲まれて普通の通りを走ってくる姿で締めくくりたかったからです。
なかなか良い旅でした。また何回か乗りたいですね。私はこの日は草津で一泊し、翌日は当時草津市内を中心に走っていた、これまた貴重な旧式バスの生き残りに乗る旅を楽しんでおりました。その時のレポートは「またの機会に」ですが、果たしていつ公開するのか・・・・・。


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