山口県萩、島根県津和野・秋芳洞 撮影:1983年8月16日〜18日
小学校4年生(10歳)の夏休みだった昭和58年8月、私は山口県の萩と、島根県の津和野に旅行に行きました。津和野では、有名な秋芳洞も訪ねました。この写真は最初、新大阪から新幹線で山口県に着いた時です。一人、嬉しそうにダブルVサインをしているガキがいますね(笑)。現在の新山口駅ですが、当時は小郡という駅名でした。今でも私は新山口という言い方がピンと来ずに、『小郡』と言いそうになります。


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これが、上の写真を撮影後に乗車したバスです。小郡(現新山口)は太平洋側にあり、萩市は日本海に面した町です。従って、本州を横断しなくてはならない訳で、そのために利用した高速バスが、このバスなのです。防長交通という名前ですが、最初聞いた時は、「何か変わった名前だな」と思いました。写真のバスは、私としては特に側面一番後ろの小窓に時代を感じる、大変懐かしい車両。当時はバリバリ現役でした。


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これは上記の防長交通のバスが来る前に撮影したショットで、右側に写っているバスは、山口市営バスです。赤と白のシンプルなカラー。好感の持てるカラーリングだなと思いました。少し右端が切れてしまっているのが惜しまれますが、この形は、当時花形で、特に西日本では各地で主力車両だった、通称“カマボコ”です。地元の阪急バスでも、80年代は見ない日は無いぐらいの代表車種でしたが、90年代に入ると急速に姿を消していきました。


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さて、こちらは旅行の目的地、萩市内です。江戸時代の面影を残す、城下町の雰囲気がしますね。かつての長州藩の本拠地だった町です。画面左奥のほう、小さく写っている子どもが私です。萩市には、○○横町と呼ばれる城下町が数多く存在しますが、なにぶん訪れたのが10歳の時とあって、写真の場所がどこであるかは覚えていません(汗)。比較的幹線の道路に面して、右手に写っているのは寺院だと思われます。果たしてどの寺院なのでしょうか?


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写っている人物は亡き父親です。そしてこの場所がどこであるかも、詳細は不明なのですが、父の後ろの建物には、『家伝品保存館』と書かれており、その右下には、『御休み』という案内板があります。つまり、この日が定休日か何かだった事になるのでしょうが、右手には公園が広がっているようです。萩市といえば、吉田松陰歴史館や、木戸孝允の生家がある事でも有名ですが、訪れていたのでしょうかね・・・・・?


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大勢の見物客で賑わうその足元には、たくさんの鯉が。ここは恐らく、旅行のもう一つの目的地、津和野の城下町ではないかと思われます。津和野ではつとに有名なシーンのようで、右手には黒の板張りの壁が続いています。
『津和野と言えば鯉のいる町』ですね。


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ここはキリシタン殉教地の乙女峠です。明治時代の初め、新政府から出されたキリシタン禁止令により、長崎にいた150人以上のキリシタンがこの地に幽閉されました。幽閉されたキリシタンは改宗を迫られたのですが、結局30人を超える人が、殉教するという悲しい結末になりました。
別に他を傷つけたり脅かしたりするわけでもなく、自分たちの生活の中で純粋に信仰している人たちを、このように扱ってしまったというのは、誠に悲劇だと思います。


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乙女峠に建つマリア聖堂です。殉教者の霊を慰めるため、1951(昭和26)年に建てられました。建てた人は日本人ではなく、ドイツ人の神父だということです。緑深い峠の中に埋もれてしまいそうな、古びて小さい聖堂ですが、近年改築された模様。


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恐らく上記2枚の写真と同じ場所で撮ったであろう、私自身のスナップです。半袖に半ズボンは真夏だから当たり前でしょうが、風景を見ている限り、蚊が多そうですね(汗)。実際のところはどうだったか憶えていませんが。
それにしてもこの乙女峠。子どもだったからまだ何も解りませんでしたが、今行ったら、もっと違う気持ちで、この地を拝む事になるでしょうね。・・・・・と言いつつ、結構この写真でも、私は真剣そうな表情をしています。何か雰囲気を感じ取っていたのでしょうか・・・・・?


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これはバスの車中ですね。一番上から2番目の写真で出てきた、防長交通です(車両は別)。最前席に座っていて、出入口の扉がよく写っていますが、いや何ともレトロな味・・・・・。これ、観光バスなんですが、車内はかなり褪色も進み、くたびれている様に見えます。恐らく当時としても古参車両だったのではないでしょうか?
こういうショットも往時のバスを偲ぶもので、懐かしいですね。
私はとにかく、ご満悦の表情で過ごしております(笑)。


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さて、これはみなさん、ご存知の方も多いと思います。
秋芳洞の百枚皿。洞窟の中です。なお、『秋芳洞』の正しい読み方はあきよしどう≠ナ、しゅうほうどう≠ヘ誤りという事です。
まだ小学生だった私は、この様なすごい場所が、それも日本国内にあるとは知りませんでした。
百枚皿を一目見た瞬間に思ったことは、『人工的に開墾された段々畑そのもの。これは人間が造った&ィだ。工事は大変だったろうなぁ』でした。それが、直後に母親から、「これは自然に出来た物」と聞かされ、「ギョヘ!?」思わず耳を疑ったのでした。


自然の力だけで、ここまで整然ときれいな地形になるのか。しかもこんな洞窟の中に!
本当に信じられない気持ちでしたが、恐らく生涯の旅行で見た風景の中で、メダリストメモリー≠ノなったと思います。
洞窟は『鍾乳洞』と呼ばれるものですが、地下100-200mのところにあります。だから、当時は今と違ってそんなに猛暑ではなかったですが、それでも格好の“避暑地”だと思いました。


何万年もの歳月をかけて、ここまでの“芸術的風景”を創り出した。
まさしく自然の驚異、スゴイ!と思ったものですが、のちに映画『八つ墓村(渥美清が金田一耕助)』を見た時、最後のほうの洞窟が出てくるシーンで、この秋芳洞の事を思い出してしまいました(笑)。


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鍾乳洞から出てきたところでの記念スナップです。体型もスリムだし、少年らしくランニングシャツを着ていますね〜、当時の私(笑)。
いや〜しかしすごい物を見たと思いました。
確か夏休みの宿題で、自由課題で作品を作るというのがあり、私はこの秋芳洞の百枚皿の絵を描いたと思います。
子どもの頃から絵は滅法下手でしたが・・・・・(笑)。


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私が両親を撮影したこの写真は、恐らく秋芳洞に行った後、津和野駅まで戻る国鉄(現JR)山口線の車両だと思います。今でもハッキリ憶えていますが、当時全国標準だった、タラコ色の気動車で、先頭はキハ40でした。しかし私が乗った車両は、扉が外吊りの両開き扉だったので、恐らくキハ35ではなかったのかと思われます。僅かに座席も写っていますけど、昭和の時代の国鉄を表す青色モケットですね。この一枚だけで、車両全体を収めた写真が無いのが惜しまれますが、各所の色が記録されているだけでも、懐かしめるものがあると思います。


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こちらは国鉄山口線津和野駅です。父が写っていますが、雨が降っているようで、後方を歩いている2人連れも、傘を差していますね。父が着ている雨合羽は、恐らく駅に着いてから急遽買ったものでしょう。赤い屋根の駅舎は、現在でもその姿を留めております。駅の後ろの小山には、先ほど出てきた乙女峠が存在します。


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秋芳洞もそうですが、この時の旅行で最も印象に残ったのが、この『SLやまぐち号』を目撃したことです。1979年8月から運行されているSLやまぐち号の存在を、実は私は知りませんでした。今みたいにインターネットが存在していない時代、鉄道雑誌も愛読してはいましたが、今一SLには関心が薄かったのか、やまぐち号に関する情報は頭に無かったのです。だもんですから、突如、『ポウォ〜〜!!』という轟音とともにズッシズッシとSLがやってきた時は、そりゃビックリしました。思わず3連写をしたのが左の写真です。
3枚とも、バックの山とのコントラストが実にマッチしていますね。やはり豪快なSLには、雄大な緑という組み合わせが一番だと思います。この枠のもう一つ下の写真では、『C571』という車番もハッキリ確認出来ます。
毎年8月には、『C56160』との重連運転が見られるそうなのですが、8月だったこの日は、C571のみでした。それでも、このモクモクと上がる黒煙、SLの迫力を、束の間ですが堪能しました。
今度はぜひ『やまぐち号』に乗ってみたいな、と思いながら、未だに果たせずにいますが、SL列車自体は、その後、中国で修学旅行の時にSL3重連列車に乗り、日本では2009年9月になって、大井川鉄道のSL列車に乗車、立席券しか買えなかったにもかかわらず、SL最寄りの(先頭客車の最前席)に座れるというラッキーな体験をしました。


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最後の1枚は、SLをバックに写る私です。上の解説でも書いたとおり、この写真では『C571』という番号が確認出来ます。ところで私は自転車に乗っていますね。そう、この時は貸し自転車で周囲の散策をしていたのです。自転車の前の籠には『民宿センター』と書かれています。色々旅行を体験出来た人生ですが、貸し自転車に乗った記憶は、この時以外に無いですね。そういう意味でも、貴重なショットだと思います。右端に写る人は傘を差しているので、恐らく小雨がパラついていたのでしょうね。でも、左端に写っている人は傘を差していないから、大した事はなかったのでしょう。この一枚をもって、萩・津和野旅行のページはおしまいです。


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