元小結大善引退 年寄富士ヶ根襲名披露大相撲


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東 方

西 方

各画像の下に、解説の文章が書かれています
会場前の両国国技館前既に大勢の人でごったがえしており、
普通に通行する人もかなり苦労していました。
 
各画像の下に、解説の文章が書かれています
画面右端に少し写っているバスは、この引退相撲を観に来る
お客さんを乗せた観光バスです。大阪弁が盛んに聞こえてきたこと
から判断して、地元から遥々やってきたファンの方々でしょう。



国技館の敷地内に入って、建物入口の看板を撮影。
華やかな式典ムードの中にも寂しさを感じさせられました。
因みにこの日、入口でチケット切りを行なっていたのは、
元関脇貴闘力の大嶽親方と、元小結三杉里の浜風親方でした。

ごった返す国技館の内部。これも大善の
現役時代の人気を表しているのだと思います。



休憩時間、売店へ向かった時の一コマ。手前を横切らんとしている
力士は、元大関の貴ノ浪です。この直前の平成16年初場所では、
7場所ぶりの勝ち越しを遂げていました。因みに貴ノ浪は、この日の
主役、大善と新入幕同期生(平成3年11月)。平成3年9月には、
12勝3敗同士で十両優勝決定戦を行なっています。

国技館の大屋根と、ズラリと並ぶ優勝額。地方場所ではこの
優勝額は先ず見られませんね。何か圧倒されるものがありました。



引退相撲といえば、何と言ってもハイライトはこの断髪式です。
引退力士本人と縁のあった様々な人が、ハサミを入れていきます。
先ずは関係各企業の人がハサミを入れます。

こちらは元前頭12枚目・常の山です。十両時代は
西乃龍の四股名でも取っていました。しかし懐かしいですねぇ。
このひとり前には、元前頭8枚目・玉海力もハサミを入れて
いましたが、写真に収め損ねて残念です。



何と、相撲ファンで知られるデーモン小倉氏も参加していました。
お馴染みの『聖飢魔U』メイクに、館内も大いに沸いていました。

NHK専属解説者の舞の海秀平さん(元小結)も登場。行司との
このやり取りを見ていると、やはりよく知っている人同士だな、と
いうのが伺えます。大善もすごくホッとした表情に見えます。



先ほど、廻し姿の大善と最後に相撲を取った相手でもあります
息子さんがハサミを入れます。そしてその傍らには大善の
お父さんの遺影が。そう、お父さんは息子・大善関が土俵生活を
全うするのを待たずして、この世を去ってしまっていたのでした。
改めて蘇る父を失った悲しみ、そして悔い。同じ父親を失った者として、
私も胸に強く来るものがありました。大善、
この時は涙が溢れに溢れていました。

一門の関取衆もいよいよ登場します。
写真はこの直前の初場所で新関脇だった玉乃島です。



いよいよ断髪式も大詰めを迎え、親方衆が登場してきました。
写真は元大関前の山の、高田川親方です。

そして大歓声と共に登場したこの人こそ、元横綱の、貴乃花親方です。
実はこの日が、二子山部屋を継いだ『貴乃花部屋』誕生の日でした。
新部屋誕生の記念すべき日に、自身の横綱初白星の相手となった
大善の断髪式が行われたのも、何かの縁というものでしょうか?大善の
にこやかな表情は、果たしてその一番を思い出してのものなのか。



元横綱琴桜の、佐渡ヶ嶽親方です。現在の
関取最年長最古参は、この佐渡ヶ嶽部屋の琴ノ若です。

こちらは元大関大麒麟の押尾川親方。前の山・琴桜・大麒麟は、
昭和45年11月〜47年3月まで、同時に大関を務めていました。



そして元大関貴ノ花の、二子山親方がハサミ。この前日
限りで、42年の歴史を持つ二子山部屋は姿を消しました。
そして現二子山親方自身も、旧藤島部屋を興して以来、
22年間にわたる師匠生活に幕を下ろしたのでした。

元小結大善、土俵生活22年。遂にそのマゲに別れを告げる時が
きました。師匠、二所ノ関親方(元関脇金剛)による止めバサミの
瞬間です。この瞬間、大善は名実共に親方(年寄)になった
のでした。さまざまな想いが、師弟の中で交錯したことと思います。
富士ヶ根親方となる大善も、改めて感無量の表情。
そして何よりも師匠の方が、顔に涙が流れているように見えます。
本人以上に感慨深いものがあったのでしょうね。



もうマゲの無い大善=富士ヶ根親方です。この時、館内は土俵周り
以外の照明を消し、館内のアナウンサーによって、大善のこれまでの
足跡が語られていました。今改めて思い出す、懐かしいエピソードも
登場。みんな、真剣に聞き入っていました。

左の写真を、距離を拡大して撮影すると、丁度こんな感じです。
まさに主役一人のみにスポットライトが当てられていたのでした。



さて、暫しの思い出に浸る時間を過ごした後は、元前頭3枚目で、
引退後、現在は歌手の道を歩む大至さんより、はなむけの
相撲甚句が披露されました。断髪式の場での相撲甚句唱歌では、
ご覧のように東西に化粧廻しを付けた“バックコーラス”が付きます。

朗々と歌い上げる元大至です。
まさに絶品。迫力のある、伸びやかな歌声でした。



相撲甚句の後、大善改め富士ヶ根親方は、一旦土俵を後にしました。
去り行く力士の労をねぎらう場であった土俵から主役がはけた後は、
一転、勝負の土俵に。幕内全取り組が行われます。画像は黒海
(左)と貴ノ浪(右)の対戦。館内沸きました。この両者は、去る
1月場所で初の対戦をしており、新入幕の黒海に対して、元大関の
貴ノ浪が意地と貫禄を見せ付けて勝ちました。まさに
『貴ノ浪健在なり』と言わしめた一番でした。

『ハッケヨーイ!残った残った残ったぁ』
いざ立ち合いです。勝負は若い黒海の勝ち。
貴ノ浪が、若手に華を持たせたといった一番でした。



この日の取り組で、館内が最も沸き返ったのがこの一番でした。
ある意味『相撲コント』。初っきりとはまた違いますが、とにかく館内を
爆笑の渦に染め上げた一番です。旭鷲山(左)−高見盛(右)戦。
これは間違いなく、観客を喜ばす為に審判部が特に組ませたの
でしょう。そしてその事を先刻承知していたと言わんばかりの2人。
極端なまでの睨みあいです。ただでさえ気合が入るとめちゃくちゃに
テンションが上がりまくる高見盛。
ここまで徹底的に睨まれ、挑発された日には・・・・・。

『ヨッシャー!チョー!いくゾー!グオー!あちゃア!わりゃア!』
とまで叫んでいたかどうかは疑問ですが、とにかく本場所の
横綱戦並の気合入れ。もうテンション完全にピークに達しています。
館内は漏れなく大爆笑。いや、本当に面白い力士が出てきた
もんです。この後相撲の方も、館内ひたすら爆笑の連続でした。
旭鷲山が「これでもか!」というほど顔を張りまくり、高見盛も
まともに受けて応戦。この真っ直ぐさが良かったのです。
勝負のほうは、結局旭鷲山が勝ちました。



館内が、幕内の取り組に沸いていた頃、“主役”富士ヶ根親方は、
舞台裏で整髪作業を行なっておりました。この時こそが、ある意味
名実共に親方となる第一歩。今日一日の最後を締めくくるべく、
再び土俵へと姿を見せた元大善は・・・・・。

ご覧の通り。すっかり頭がサッパリし、爽やかおじさん風味満点の
姿に“変身”していました。そして土俵上で最後の挨拶をし
(それが左側の画像なのですが)、四方に挨拶をして終了。改めて
大きな拍手に包まれました。これで全ての行程が終了しました。



 以上、大善の引退相撲のレポートをお送り致しましたが、いかがだったでしょうか?
 私の中で、一番印象に残っている取組というのは、やはり平成13年九州場所の、対武蔵丸戦ですね。本人自身の思い出の一番でもあるでしょうが、36歳11ヶ月にして獲得した金星の重みは、凄いと思いました。
 そしてもう一つ、私がどうしても忘れられない一番は、平成14年春場所千秋楽の、対玉力道戦です。9勝5敗で迎えた千秋楽、勝てば37歳3ヶ月という、記録的な高齢での初三賞(敢闘賞)となっていました。それも御当所の大阪で、です。しかし大善は事前にその事を知っていたらしく、固くなったのか、敗れてしまいました。負けた瞬間、私が思わず「アーッ!」と声を出してしまったのを今でも覚えています。
 一度でいいから、大善が三賞受賞力士として記念撮影に収まる姿を見たかった。残念ながらそれは叶いませんでしたが、最後まで若々しい相撲を取り続けた大善自身は、悔いは残っていないことでしょう。
 本当に長い間、お疲れ様でした。

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