アメリカ、マサチューセッツ州でのサマースクール。現地では寮で生活し、普段は当然、学校にいたわけですが、休日には学校がチャーターした観光バスを利用し、州都であるボストンの街を、しばしば訪れていました。その時は、気分は完全に“旅行客”。学習カリキュラムよりも充実していたかも知れない(?!)ミニトリップ(私にとっては、遠くアメリカ東海岸にいること自体がビッグトリップ)=Bボストン市内の様々なスポットを、ここに公開します。
正確に場所や建物等の名前を控えていた分けでもなく、写真を見てもボストン市内というだけで、あとはどこかよく判りません。ただ、一部に場所名が記憶に残っているものもあり、あとからネットで調べてみて判った地名もありますので、今回は、恐らくはもう二度と行く機会は無いであろうボストンの貴重なスナップを、ご覧頂きたいと思います。
もしも私の記述に間違いがございましたら、ご指摘頂ければ幸いです。ただ、以下の写真は全て本ページ公開日から遡って25年も前の撮影ですので、今では各所の様子も異なることが予想されます。

サマースクール in Cushing Academy(ボストン観光編)
撮影:1990年7月〜8月
画面ほぼ中央に写る、先端部分が白色で非常に尖っている建物は、ネットの画像を色々見てみた限り、パークストリート教会のように見えます。もしそうだとすると、この建物は1809〜10年に建てられた、現在では築200年以上になるというもので、撮影当時でも築180年を数えていました。ネットで見た画像は恐らく近年撮影のものと思われますが、意外と20年以上経っても、あまり風景は大きく変わっていない部分もありましたね。

画面中央、高層ビルの手前に写る小さなレンガ色(上部が白色)の建物は、旧集会議事堂のようです。1713年に建てられ、80年以上使用されたとか。現在では築300年を超えていますね。撮影した私が立っているこの通りは、ワシントン通り(?)なのでしょうかね・・・・・・。

これは比較的よく憶えていますね。サイエンスミュージーアム、即ち科学博物館です。こうして見ると、レンガ色の建物が目立つ都市という印象ですね。目の前を流れているのはチャールズリバーです。

ミュージアム内部の写真かと思われます。階段を下りていく人たちは、恐らく同じ学校に通っていた人たちでしょう。中身の印象はあまり無いのが残念ですが、中央上部に展示されているのは、人工衛星でしょうかね?

場所は不詳ですが、レトロな石造りの橋脚の上には地下鉄が走っており、丁度通り過ぎて行ったところを撮影したものです。肝心の(?)地下鉄は小さくてよく見えませんが、下半分は緑色に見えます。初めて目にしたアメリカの地下鉄でしたが、英語力にも自信が無く、さすがに乗るのは冒険だろうな・・・・・と、この時は思っていました。

ボストンでは、さすがに乗れる自信無いなと思っていた地下鉄にも、一度だけ乗車することが出来ました。地下の駅での撮影で画質は悪いですが、電車マニアとしても、大変記念に残る一枚ですね。写真の地下鉄は、色が示すとおり『グリーンライン』と呼ばれる路線で、扉は外側に観音開きです。なお、私が乗ったのは地下区間だけでしたが、路線自体は路面区間もあり、日本では一般的でない光景です。そしてこの車両、何とメーカーは日本車輌だそうで、ネットで見る限り現在も健在のようですが、見た目のレトロさとは裏腹に、製造は1986年のようです。ということは、乗車時はまだ登場4年の、新車の部類だったのですね。

非常に目立つ格好のこの建物は、ボストン市庁舎です。

撮影地は不明ですが、右側手前に写る出窓の建物は、『オールド・コーナー・ブックストア』に見えます。確かに、窓の中には本が陳列されていますね。この並びに、オールド・サウス集会所もあったのでしょうか?

ボストン市街地の中に在る公園です。公園右手に見える建物から察するに、恐らくここは、アメリカ最古の都市公園である、『ボストンコモン』だと思われます。もっときれいに撮っておけば良かったですね(汗)。

記憶が定かではないのですが、これも『ボストンコモン』だと思います。ボストンの中心部にある、都会のオアシス。本当に広々として、土地の豊かなアメリカらしい都市と緑の調和だと感じました。確かこの辺りが、ある日の帰りのバスに乗る集合場所だったような気が・・・・・(^^)。

これは学校〜ボストン間で乗っていた高速バスの車内から撮ったものですが、右側に写る横長な建物が、私の記憶が正しければ、かの有名なハーバード大学大学だったと思うのです。ただ、改めてネットでよく見てみると、似てはいるが違うようにも見え、もし間違っていたらすみません。確かに当時は、いきなり『これはハーバード大学です』と聞いて、「おお!これはエラい物を目にしてもうた」と、内心騒ぎながら写真を撮った気がするのですが。

ここはかなり有名らしい、クインシーマーケットです。1824〜26年にかけて造られたという大変歴史のあるマーケットで、クインシーというのは完成当時の市長の名前から取ったのだとか。

これもクインシーマーケットでの1枚。中央に写っているのは、マサチューセッツ滞在中仲良くしていた人で、香港出身だったと思います。実はこの場所には、私が訪れていたのとほぼ同時期、当時の私の高校(=大阪市内)の友達も、別の学校へのサマースクール参加の中で訪れていたということを、帰国後に知ってビックリしました。

ボストン滞在中、海水浴は一度もしませんでしたが、ビーチには2度ほど訪れました。このページの写真は全て順不同なのですが、このビーチこそ、ボストンの街で私が最初に訪れた場所かも知れません。景色全体の様子からして、ウラストンビーチのような気がしますが、定かではありません。

こちらはボストン市内を流れる大河を眺めるところです。5人の仲間が写っていますが、場所と川の名前は不詳。もしかしてこれも、チャールズ川でしょうか。

交差点での一コマ。前方の青いバスが目立っていますね(笑)。どこの交差点か、正確な場所は不詳ですが、左右を横切る道は、State St.とあります。

この、ユニークな形をした建物は、『SALEM WITCH MUSEIAM』と書かれています。中に入った記憶は無く、外からの撮影のみと思われますが、建設年が実に1692年といいますから、現在だともう320年以上の歴史を誇ることになります。私が目にして四半世紀ですが、現在も立派に現役とのことです。なお、セイラムとは地名で、ボストンから車で北へ30分のところに位置します。

ここは確かサマースクール終了間近の時期、皆で遊びに来た遊園地です。上を走るモノレールには確か乗ったと思いますが、遊園地の名前は憶えていません。

同じく遊園地内を走る遊覧列車に乗りました。牽引しているのは赤い機関車のような。前方に網の目のように白い格子状の線や曲線が見えるのは、巨大なジェットコースターのようですね。もちろん、私は見向きもしません。ここ、もしかしてマサチューセッツ州内のシックスフラッグス遊園地ですか???

セイラムの湾岸で、マサチューセッツ湾を望む。顔が見苦しいので補正(海と同化)させておりますが、私が生涯で訪ねたアメリカの中でも、ここが最も東端に位置すると思います。この日は生憎の曇り模様でしたが、晴れていれば、遠くメイン湾(Gulf of Main)を望めていたことでしょうね。遙か遠くに、白い船のような物が見えるような気がしますが、目の錯覚かな?
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最後の1枚は、これもセイラムの海辺ではないかと思われます。確証はありませんが、風景からして相当郊外なので、ボストンからは離れているところでしょう。やっぱりセイラムの田舎町の可能性が強いですね。少々風もあり、波も強い日だったような気がします。



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『サマースクール in Cushing Academy、キャンパスライフ編』を公開したのが、2008年7月7日。それから実に7年と10日の歳月を経て、ようやく、『マサチューセッツシリーズ』の後編ともいえる『ボストン観光編(一部セイラムも含む)』を公開しました。
大変長らくお待たせしまし・・・・・・いや、誰も待っていなかったですね。
当初はキャンパスライフ編の翌年には公開する計画でいましたが、私の悪い癖で、ズルズルとキー不精(筆不精ならぬ)に陥ってしまったこと、そして何より、写真を見てもボストンのどこだかサッパリ判らず、解説のしようがないものが多かったからというのが、公開がズレ込んでしまった理由です。今回、長丁場を覚悟してネットでボストン各所の画像を検索してみたところ、思っていたよりも順調に撮影場所の特定に結び付きました。そして大変印象に残ったのが、私の訪問時から20年以上経っているにしては、近年撮影された画像に写る風景の多くが、当時と大きくは変わっていなかったということです。多分ボストンがそれだけ、古くからの歴史を大事にし、各建物も最高水準のメンテナンスを施して、未来へ継承しようとしているのでしょう。そういう街の姿勢には、敬意を表したいです。

行く前は、ニューヨークを一回り小さくしたような大都会というイメージを抱いていたのですが、実際に訪れて、街のコンセプトに気付いていった次第です。
古き石造りの、尖端の細い建物が林立するその風景は、1982年に初めて訪れた当時の上海を彷彿とさせるものがありました。でも、上海のほうはもう様変わりしましたね。

生涯最東端の旅から四半世紀、遠い青春時代の思い出となったボストン訪問ですが、今回の回想記を通じて、あの夢みたいな体験が確かに現実だったということを、改めて認識しています。この2年後、ホノルルへの留学も経験することになりますが、何ともインターナショナルな青春時代を送ったものでした。その点は、暗いイメージが先行する青春時代にあっても、しっかり自分の財産として受け止めていますね。
大阪からボストンまでは単身で往復しましたが、途中、シカゴ空港で乗り換えをしなくてはなりませんでした。その際、あまりにも空港が広く、どこをどう行っていいかサッパリ判らずに一人シカゴ空港で迷ってしまい、何とか日本人のいるカウンターを発見してそこで教えてもらいました。今でもハラハラ体験談として、記憶が薄れることがありません。

思えば青春時代の私は、内向きな心とは裏腹に、一人海外渡航≠ニ縁が近い時代でした。今思い返すと何とも不思議なコントラストであります。と同時にそれは或る意味、“本当の私”を知らなかったが故に成し得た、ハイレベルな冒険でもあったのです。


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