ベルギー・ポーランド旅行 撮影:1987年8月12日〜17日
全ての写真の右側に解説文があります ベルギーの首都、ブリュッセルの市街地です。
1987年8月12日〜17日まで、ベルギーのブリュッセルとブルージュ、それにポーランドの首都、ワルシャワに行ってきました。当時私は中国の首都、北京に住んでおり、この旅行も北京から行くという形でした。当時中国は物価が大変安く、したがって日本から行く事を思えば考えられないような安い航空費で行けたということです。北京を実際に出発したのが11日の夜、そして帰ってきたのは北京時間の18日でした。
さて、左の写真ですが、本当にベルギーの街というのは、歴史の教科書の絵に出てくるような中世の雰囲気たっぷりの、実に風格のある、きれいな街並みでした。この通りは、カフェテラスが並んでいました。


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場所は忘れましたが、少し高い所から写したブルージュの街です。ガラス張りの近代的なビルばかりの東京(日本の首都)を思うと、こちらはまさに隔世の感があると思います。最も撮影は1987年と約20年前ですが、その当時の東京と比較しても、ものすごい違いだと思います。本当に、石造りのいかめいしい、しかし落ち着いた雰囲気の建物ばかりで、数百年前にタイムスリップをしたような心地になる風景でした。


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市街地のとある街角です。
正面に写っているようなオープン喫茶が非常に多いのが、この街の特徴でした。


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正面のホテル(HOTEL DELTA)が、ベルギー滞在中に泊まったホテルです。
部屋の中の写真もいちおう手元に残っていますが、ごく普通の部屋という感じですね。


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ブリュッセルを走る市内電車です。どこに行っても乗り物好きの私は、この市内電車にも当然目が行きました。なかなかレトロな感じもする車両で、前頭部が前にすぼむように流線型になっているヨーロッパらしいスタイル。思えば日本を走るヨーロッパからの輸入路面電車もこのような形をしており、こちらのは本場です。薄めの黄色の塗装は、この街の景観によく似合っていました。この後、乗車もしましたが、車内は意外と近代的な造りでした。




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ブリュッセルを走る市内バスです。バスも、電車と全く同じ色をしていました。それにしても何となく懐かしいスタイルです。全体に丸みを帯び、正面指示器のランプも白球色をしていて、オデコも丸く出っ張っています。これは、日本では70年代によく見られた形で、この形のバスが一番多かったのですが、果たして何年ごろに造られたのか、そこまでは分かりません。まあ、そんな事までいちいち気にする人は、一般の観光客ではいないと思いますが・・・・・。


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街角の、とあるガソリンスタンドです。歩道上に直接注入機が置かれていて、簡単に利用出来るようになっています。日本で見られるガソリンスタイルとは、だいぶん雰囲気が違います。


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上の写真は、自由市場みたいなところですね。買い物客でにぎわっています。
当時私が住んでいた北京にも、自由市場はたくさんありましたが、やはり雰囲気は全然違っていましたし、何よりも混雑していませんでした。両手一杯に袋を下げているお客さんがいますね。バックの建物は教会か何かでしょうか?
下の写真は繁華街の様子です。




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郊外のとある一角。改めて、車道の舗装が石畳になっているのが、お分かりかと思います。


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ベルギー国鉄のブリュッセル駅です。ブルージュに行く時に撮りましたが、何とも古そうな、時代を感じさせる電車ですね。恐らくこの時点で、製造後30年以上は経っていたのではないでしょうか?旧型の電車が好きな私は思わずカメラに収めたくなりました。この後、私も列車に乗ったのですが、その時の車両はもっと新しいものでした。




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ブルージュ市街地の一角。
路上にお皿を並べて売っています。


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これは何かの行進のようですね。周りの人も、みんな立ち止まって注目しています。でも何の行進だったか忘れてしまいました(汗)。確かロンドンに行った時、衛兵の行進を偶然見ることが出来たのは、よく覚えているのですが。


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ブルージュの街角のとある食堂です。昼食を食べた時でしょうね。かなり賑わっています。
それにしてもブリュッセル同様、こちらの建物も本当に中世チックですよね。これらの建物もしかし、本当によくここまできれいな状態で長持ちさせているなあと感心します。


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裏の路地に入ったところ。こちらも道は石畳です。車いすではなかなか歩きにくそう・・・・・。
今でもこの風景は残っているのでしょうか?


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ブルージュの観光地としてつとに有名な運河です。デイバー(Dijver)と呼ばれており、観光ボートも動いています。美術館の絵の中に入ったような、大変きれいな、文字通り『絵になる』風景でした。


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ポーランド、ワルシャワ空港での一コマ。
写真は空港の中側で、写っているバスは、ターミナルビルと飛行機とを結ぶ、いわゆるランプバスです。


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ポーランドの首都、ワルシャワ市内の様子です。この2枚の写真は、いずれも市内電車が写っていますね。ベルギーで見た電車に少し似ていますが、こちらの方がより年数が経っているものの様に思います。
さて、ワルシャワ(ポーランド)の街というのは、ベルギーの街とはおよそ異なる風景でした。全体的に『色』が少なく、どのビルも同じ感じの色、それも少しくすんだ中間色のような色で、心なしか空気も霞みが入っているように見えました。全体的に『モノ』も少なく、景観上の変化に乏しい、言うならば、当時私が住んでいた北京に近いイメージの街並みでした。これは、考えてみれば無理からぬことです。というのも、1987年当時、世界はアメリカとソ連(現ロシア)に分かれた、『東西冷戦』の時代、そして中国もポーランドも、同じ『共産圏』、バリバリの社会主義国だったのです。同じ共産圏同士、言い換えれば同じ経済体制同士、こうも街の雰囲気が似てくるものかと、感心せずにはいられませんでした。人々の表情も、ベルギーに比べると、全体的に『暗い』という印象を受けましたが、服装はまだカラフルな方で、この点が北京(中国)とは違っていました。


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この2枚は、ワルシャワの街と同時に、市内バスを撮りました。この形のバス、実は当時北京でも大変よく見かけていました。北京では職場の送迎バスに使われていたのですが、こちらでは普通の路線バスで使用。どうやらこのバスはポーランド製で、中国にもよく輸出されていたらしいというのが、この時によく分かりました。中国製より立派だったポーランド製のバスは、中国ではなかなか“一般乗り合い”では使われなかったのでしょう。
それにしても、当時のワルシャワは全体的にどこか『裏びれた』という印象を持たざるを得ない街でした。


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ワルシャワ市内の、とある広場です。写っている建物が、距離的には決して遠くはないベルギーのものとは丸で異なっているのがお分かりかと思います。こちらの建物は、ロシア(当時はソ連)のものに酷似しています。北京で、かつて私自身が暮らしていたコンドミニアムもこのような形をしていました。共産圏であることが本当によく表れていて、面白いですね。


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広場の一角で見かけた、紙芝居(?違うかも)の光景です。
でも、あまり子どもの姿は見られないような・・・・・。ちょっとこの角度だけでは分かりませんね。


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ワルシャワ郊外の風景です。ベルギーと建物の趣きは全く違いますが、古い年代のものがずっと残っているという点では共通していると思います。キンキラキンの建物ばかりが建ち並ぶ都市よりは、目には優しいのではないかと思いますね。そして、緑は豊かな街だったと思います。


さて、この旅行では忘れられないことがあります。それはワルシャワから北京に帰る時、途中モスクワ・イルクーツク(いずれも旧ソ連)の空港を経由したのですが、モスクワでは何と7時間も待機させられ、その間に出されたサンドウィッチもこれまたパサパサのものでした。さらにイルクーツクでも2時間待ち、トータルでかかったフライト時間は実に41時間。ほぼ二日近くに及びました。もうこの先、このような体験をすることは無いのでは?と思いますが、今となっては貴重な思い出です。


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