弘前→恐山→盛岡→日光旅行 [その5] 撮影:1994年7月30日
全ての写真の右側に解説文があります ほぼ東日本を半周するような格好となったこの旅行も、いよいよこの日が最終日となりました。最終日は、栃木県に初訪問しました(29日夕方に到着して、市内で一泊)。この画像は、あまりアングルがよろしくありませんが、東武宇都宮駅です。この日の夕方、私はこの駅から東武鉄道に初めて乗り、浅草へと向かったのでした。


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東武宇都宮駅の改札口から、駅ホームを望みます。これは乗るときではなく、昼間に撮影したものです。この後観光をしようと思っていたのですが、ホテルは既にチェックアウトを済ませており、駅のサービスカウンターで、荷物を預かってもらえました。その直後に撮った1枚ですが、こんなショットを撮らずに、実際乗るときに、ホーム上から電車を間近に写せば良かったのに、と後悔しています(笑)。どうもショットの選定センスが今一というのか、変に離れた距離から、実は一番興味のあるはずの物を撮っているんですね。


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こちらはJRの宇都宮駅です。一番手前に見えるのが、東北新幹線の駅です。前ページ(その4)の最後の写真でもありましたが、今回の旅行で、私は東北新幹線に初乗車し、乗車区間が盛岡→宇都宮でした。


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宇都宮市街地のようすです。右端部分(歩道)が商店街ですね。そして道路上、向こうのほうにバスが小さく写っていますが、当時はまだ全国で比較的見られた、日野製の代表的なモノコック車両です。今は高知の土佐電ぐらいで僅かに見られるのみで、本当に懐かしい存在です。


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この2枚は、宇都宮城跡公園です。上の写真で分かるように、公園の真下を、道路が「ごめんよ」とばかりに貫通する格好となっています。そして、トンネルの右側の階段を上がると、下の写真のような景色が広がっています。真夏にしてはやや涼しく、天気も曇りがちだったのですが、それだけに、なかなか気持ちは好かったと思います。小高い丘のようになっているこの公園から、しばし市街地を見下ろしていました。

さて、最初はこの公園を見た後、市内をぶらぶら歩いて、栃木県を後にする予定でした。特に何か見たいものがあったというわけではなく、単に栃木県にまだ行ったことが無かったから、ついでに寄ってみよう、というだけの気持ちだったからです(笑)。そのため、駅前商店街にあった本屋のオバちゃんに、「宇都宮市内で、どっか面白いとこないですか?」と訊いてみたのですが、返ってきた答えは、「栃木に来て、日光に行かなかったら、何しに栃木に来たのか分からない。夕方まで時間あるのだったら、絶対日光に行くべきよ。」でした。日光・・・・・、確かに日本人でこの地名を知らぬ人はいないぐらいの、随一の観光名所です。

というわけで、急遽進路変更、JR日光線に飛び乗って、日光へと向かったのでした。


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ハイ。早速、日光駅に到着です(笑)。停まっている電車はJR日光線の車両で、折り返し宇都宮行きの字幕を出しています。こうして写真で見ても、ホームの高さが随分低いですね。そして電車の入口との段差が、ツーステップバスのステップぶんぐらいあります。もし渡し板を敷いたら、恐らく相当急な傾斜になるでしょうね。もちろん、まだこの頃は、『バリアフリー』という概念など、頭の片隅にも無かった時代ですが・・・・・。


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JR日光駅の駅舎です。以前、本の写真で見たときのような、時代を感じさせる、ごじんまりとした駅舎でした。前の木がアクセントになっていますが、この木の左側から、メインの駅舎が正面にくるように撮ればよかったですね。この写真では、『JR日光駅』という駅名板も、ほとんど分かりません。相変わらず、この頃の私は何考えて写真撮ってたんだ?という感じです(汗)。


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日光駅を降りて少し歩くと、緑深き、日光らしい風景が目に飛び込んできました。そして、道路の案内表示にも、『鬼怒川』、『中禅寺湖』といった、ゆかりの地名が・・・・・。折からの曇り空も相まって、実に涼しげな情景を醸し出していたこの景色を見て、「ああ、名所日光に来たんだなあ。」という実感がじんわり沸いてきました。元々青森県下のローカル鉄道に乗るのが目的だったこの旅行で、いきなり日光にまで足を延ばしたのは、まさに『予定外』。何かすごい旅行になったな、と思ったものでした。観光に来た家族連れの車も多く見られたこの場所は、ちょうど東照宮の入口に当たる場所だと思われます。奥の鬼怒川まではとても足を延ばせないと思いましたが、せっかくだから、有名な東照宮には入ってみようと思いました。もう鉄道マニアではない、完全な観光客気分になっていましたね(笑)。






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これが日光東照宮の中だと思います。両側を高い木が囲んでいる、緑深きでした。パソコンに読み込んだこの画像では分かりませんが、実際の写真をよ〜く見てみると、奥の方に、両側が低くて中央が高く、薄緑色をしている瓦屋根の建物が見えます。インターネット上の東照宮のサイトを見てみた結果、私の写真のものとよく似ていたのが、唐門でした。ただし十数年も前の写真で、私自身、東照宮に関する予備知識も全く持たぬまま訪ねていたため、今述べたことも正しいかどうかは定かではありません。実際、唐門の手前に、このような参道があるのかどうか・・・・・。空気がおいしくて、気持ちのいい参道だったことは、よく覚えています。


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東照宮の五重塔です。代表的な建造物にして、国の重要文化財にもなっています。一番てっぺんが少し切れ掛かっていますが、けっこうまともに撮れています(笑)。関東で初めて五重塔を見て、かつて学校の遠足でも見学した、奈良の法隆寺五重塔を思い出しました。


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東照宮を出たあと、名物の日光カステラを訪ねました。前の道が中禅寺道で、最近インターネットで調べ直したのですが、場所的に見てこれが本舗でしょうか?何か建物の感じが違うようにも見えますが・・・・・。まあ、これは1994年の撮影ですからね。家のお土産に、カステラを買って帰りました。食べた感想?うん!おいしかったですヨ(笑)。


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これは『日光博物館』の入口です。博物館と書かれていますけど、一般には『日光田母沢御用邸記念公園』として知られていると思います。もともと、病弱だった大正天皇の静養所として建てられた建物と周囲の公園を、一部一般公開しているというものです。造られたのは明治時代であるため、大正天皇は皇太子だったことになります。


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『日光田母沢御用邸』の内部です。大正天皇と、次の昭和天皇も静養や避暑に訪れたとか。それだけあって、重厚で高級な造りでした。


一番上の写真は、かなり写りが暗いですけど、応接間で、実際行った時はもっと広く感じました。奥のほうに写っているソファーには、確かこの時は座れたと思うのですが、緑濃い外の風景を眺めながら座っていると・・・・・、いやぁ贅沢贅沢。私の身分が、特別階級に上がったみたいな気分でした(笑)。


そして一番下は、確か浴室や手洗い所だと思うのですが、明治〜大正時代当時の姿のまま、保存されているそうです。これぞまさしく、重要な文化財ではないでしょうか。さすがに手洗い所は、『使用禁止』の張り紙がなされていました。


ものすごく風格のある、近代史を堪能できるような建物で、興味深かったと思います。






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さて、日光を見物した後は、いよいよ最後の目的地、千葉県西船橋駅へと移動しました。この日の晩、西船橋発の夜行バスに乗って、大阪に帰ることにしていたからです。JRで宇都宮まで戻った後、東武鉄道で一路、浅草まで向かいましたが、その時、最初宇都宮から新栃木(そこで浅草行きに連絡していた)まで乗った車両は、釣り掛けモーターの5050系でした。今思えば、貴重な乗車体験だったと思います。そして浅草までは、主力の8000系による準急で移動。そして到着後、少し時間が余っていたので、適当に時間潰しをしようかと思ったのですが、実は到着直前、電車の窓から花火が盛んに上がるのが見えて、乗客もみんな見ていました。そう、この日はたまたま、隅田川の花火大会の日だったのです。偶然にも日時が重なったということで、私もこの後花火を見に行ったのでした。


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隅田川の花火大会では、ちょうどクライマックスの場面を見る事ができ、思いがけない旅の思い出を作れて満足していました。思えば青森県のローカル鉄道を巡り、恐山を訪ねることがそもそもの目的だったこの旅行、気が付けば、日光にまで足を延ばし、最後は隅田川花火大会で締めるという、まさに予定外に贅沢し放題の、『東日本周遊旅行』となりました。この写真は、大阪に帰る夜行バスに乗るため、浅草から地下鉄銀座線→東西線経由で西船橋に着いたところ。JRの西船橋駅を撮影したのですが、写っている電車は、今となっては懐かしい、カナリヤ色の103系です。この当時は、まだ103系も、京浜東北・根岸線など、多くの両数が見られていました。今ではもう、首都圏の103系は、完全に過去のものです。


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旅のラストを飾る、夜行バスです。現在の夜行バスの元祖である、大阪ー博多間のムーンライト号が誕生して、既に11年が経っていましたが、意外にもこの時が、夜行バス初体験でした。
この旅行、行きはブルートレインの特急『日本海』に乗って、車中泊をしましたが、帰りは夜行バスに乗りたいばっかりに、わざわざこのようなコースを設定したのでした。


下の写真は、夜行バスの車内です。初めて生で見る夜行バスの設備に興味津々でしたが、一日長距離の移動で疲れていたのか、結構すぐに眠りに就きました。そして翌朝早くに大阪(梅田)に到着。家に帰ってその日は一日ゆっくり休んだのかと思いきや・・・・・、実はJR吹田工場一般公開のイベントに行ったのでありました(汗)。


いや、それにしても、この旅行の時はまだ若かっただけに、夜行バスの旅も全然疲れにはなりませんでしたよ。翌日、すぐ出かけられるぐらいだったし・・・・・(笑)。


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