愛・地球博が閉幕してから約10ヶ月、そして私自身が初めて愛・地球博を見物してから丸1年。あの時の賑わい、今はいかに?と思いながら、閉幕後の元会場を訪ねてみました。とにかくものすごい大混雑だった1年前。しかし、恐らくその様な光景が見られた事など、すっかり忘れ去られたかの様に、元会場、そして会場へのアクセスだったリニモは、静寂に満ちているだろうと予想していました。結果はその通り。たまたまこの日は平日で、しかも雷雨に見舞われるという悪天候だったので、余計に人の足が遠のいていたのかも知れません。とにかく、前年のあの賑わい・雑踏とは正しく隔世の感があった、『国際博会場その後』をご覧下さい。また今後も、折をみて訪問したいです。

愛・地球博跡地訪問    撮影:2006年7月18日    ※右側の画像をクリックすると次に進みます。

リニモの起点、藤が丘駅です。愛・地球博開催中は、巨大な
体育館の内部か集会場の内部のような空間が広がっていた
この場所。新しいビルが建設中でした。そして画面右端に、
小さく『藤が丘駅』と書かれている建物があるのが見えるで
しょうか?それがリニモ乗り場の入口となっていました。もう
普通の、地下駅への入口となっていた分けですね。

リニモの藤が丘駅ホームです。整理員が忙しく乗客をさばいて
いた光景がうそのように、ひっそりとして誰もいませんでした。
また、開催中は『万博八草』方面と表示されていたのが、
現在では『八草』方面となっております。

リニモ車内。座れたら奇跡というくらい大混雑していた開催中は、
このようにじっくり車内を撮影出来るなどとは、考えられない事
でした。改めて、こういう車内だったわけですね。何だかとても
広く感じました。見事に誰も乗っていません。

リニモの運転室です。無人運転なわけですが、何だか
これも独特ですね。運転室も、初めてじっくり見ました。

愛・地球博記念公園駅に到着しました。元の万博会場駅です。
開催中、最もメインだったこの駅は、ひっそりしていました。
いずれ年月が経てば、また『回顧:愛・地球博』として、『万博会場』
時代のこの駅の写真が、どこかで展示されたりするのでしょうね。

さて、下車して改札口を出ると、通路に貼られていたのがこの
張り紙。『祝 愛・地球博記念開園、7月15日』。そう、記念公園が
開園したのは、これより僅か3日前だったのです。だから、まさに
これからですね。大阪の万博公園の様に、自然も豊かで、年中
人々が集う、県民の憩いの場になっていってほしいものです。

愛・地球博金公園駅の出口前なのですが、見た瞬間、「おや!」
正面が、すぐ突き当たりになっていますね。実は開催中は、
そのまま向こうにまっすぐ下りれる様になっており、北ゲートへ
続くエスカレーターが延びていました。今では、その部分が完全
に撤去され、前方も行き止まりになっているのですね。

外から、記念公園駅全景を撮影しました。手前の緑地帯になって
いる辺りまで、開催中は駅出入口の範囲になっていました。
特に会場からの帰りの時間帯は、ちょうどこの辺りがリニモに乗る
人たちで長蛇の列となり、「ようやく駅の入口の縁に辿り着いた。
さあ、ここからホームまで何十分かかるだろう?」と思っていたもの
でした。その光景をよく覚えているだけに、現在の駅前風景を見る
と、随分駅が向こうまで下がったな、という様に見えてしまいます。

リニモの駅前から、八草方面を望みます。ちょうどこの地点も、
駅の入口となっていて、テントが張られていました。今では
ここでも少し写っている様に、広い歩道へと変わりました。

一つ上と一つ左の画像を、少し違う角度から撮ったショット。現在の
記念公園駅の出入口は、この様に、左右両端にそれぞれ2ヶ所と
なっており、レールに沿う格好で、長い通路があります。この位置は
正に北ゲートだった部分で、40分も並んだのち、ようやく辿り着いた
入場口が、ちょうどこの辺りでした。本当によく並んだものです。

ちょうど、元の北ゲートの中央部分に、愛・地球博記念公園の
石碑が建てられておりました。まだ造られて間もない、新しい香り
が漂う石碑。いずれは歴史を刻む石碑になっていく事でしょう。
愛・地球博では、太陽の塔の様なシンボル的建造物は存在
しなかったため、この石碑が、公園のシンボルになりそうです。

左画像の石碑を、左後ろ方向(リニモの駅の東出口)から
撮影しました。ここが、あの人・人・人だった北ゲートで、整備員の
アナウンスも絶えなかった場所だとは、本当に信じられない
ものがありました。この、極めて短期間で味わう『時代のギャップ』
というのも、大型博覧会が演出するもう一つの顔ですね。

今度は向かって右後ろ方向から石碑を撮影。この場所は
まさに、リニモに乗るために30分以上並んでいたところです。

左画像より、さらに西(右)側から同方向を撮影。激しく降りつける
雨が、博覧会のちの寂しさを、一層際立たせていた様な気がします。
人で埋め尽くされていた時は狭く感じた北ゲートも、こうして
改めて見ると、相当に広いのですね。

この位置は、元は北ゲートを囲んでいた壁の向こう側、つまり、
会場の内側に位置するのではないか?と思います。
何やら、仮設のバスロータリーのようになっており、シャトル
バスが行き来していましたが、行き先は未確認です。

北ゲートの西側、ちょうどリニモの駅の右端部分です。
私が並んでいたのは、右端の列だったので、まさにこの辺りと
なるでしょうか?歩道に整備され、植樹がなされていました。

これはちょうど、リニモの駅から外に出てきたところで
発見した看板です。『サツキとメイの家』と書かれて
いましたが、何かイベントでも行われたのかな?

ここからいよいよ会場跡地です。先ずこちら、ちょうど北ゲートを
入った直後のコンコースだった所ですが、工事用のコーン以外、
何も無い更地です。いかにも、何か大きな会場の跡地といった風景。
本当に、ここに博覧会の会場があって、いろいろ建っていたのか?
と疑いたくなるくらい、殺風景で、何も無い景色が、目の前に
広がっていました。まだ公園としても未整備な段階だった、この時の
会場跡地だけに、その後、どう変わったのかも楽しみなところです。

さてこちら。見渡す限りの更地で、な〜んにもありません。
方角的にはちょうど、あの真っ赤なワンダーホイール観覧車や、
私自身も行った、JR東海超電導リニア館があったところになるの
ですが、本当に、無残とさえ言いたくなる風景。雨による水溜り
があちこちに点在しているのと相まって、言葉は悪いですが、
廃墟の街を連想してしまう眺めになっています。ただ、現在は
この時よりも、大分風景は変わっていると思います。記念公園
として更に整備されたその後の姿も、追ってレポートしたいです。

左の画像より、90度左方向となります。目の前に土砂の小山が
2つ並び、その右には作業用トラックとブルドーザーがありますね。
本当ならこの日は平日だし、作業をしていたのでしょうが、あまりの
悪天候に、中止になったのだと思います。画像の範囲には、先ず
すぐ前にグローバル・ループが延び、その向こうにロータリー館や
迎賓館が、さらにトラックがいる方角の向こうには、オーストラリア
館やマレーシア館、フィリピン館といったパビリオンが建ち並んでい
ました。本当に、地図で照合しない事には、全く分からないですね。

この画像、見渡す限りの、『一見廃墟』の風景の中に、ポツンと
建物が残っています。これはグローバル・ハウスだった建物。
これだけまだ取り壊されずに残っているのか?と、この時は思い
ましたが、実はこの建物、元々アイス・スケート場と温水プール
があるスポーツ施設だったそうで、今後は元の姿に戻るという事。
つまり、愛・地球博のパビリオンとして新たに建てられたのでは
なかったという事なのですね。そもそも会場自体も、もともと
愛知青少年公園という公園だったそうだし、愛・地球博前の姿が
どんなのだったのかも、大変興味深いところですね。

これも見渡す限り水溜りだらけの更地にブルドーザーという、
一見末期的な風景なのですが、左画像とちょうど反対方向で、
ちょうど愛・地球広場やカナダ館、インド館などがあった方角です。
こうして見ていると、本当に愛・地球博という大イベントが、何か
10年以上も前の事であるかの様に錯覚してきます。きっと、
大阪万博の後も、跡地を訪れた人は似たような感覚に陥って
いたのでしょうね。大阪の時の方が、盛り上がりも凄かったし。

会場跡地、最後の1枚は、北ゲートの西端部分です。左側
には木が植わっていて、その後ろにフェンスがありますが、
もともとこの位置には大きな壁面があって、愛・地球博のロゴと
モリゾーとピッコロ。それに『EXPO2005 AICHI JAPAN』
と書かれた文字が張られていました。そして整備員が
最も多く集まり、行列を見守っていた辺りです。

愛・地球博北ゲート&会場跡地を見物した私は、そのまま
リニモに乗り、反対側の終点、八草に向かいました。もちろん、
空いていてすぐに乗れたのは言うまでもありません。この画像は、
間もなく八草に着こうとするリニモ。前方に駅が見えますが、
強い雨で窓ガラスは視界がよく利きません。それでも自動運転
だと、全然問題にはなりませんね。しかしこうして見ると、本当に
子どもの頃イメージしていた、未来の乗り物そのものです。

八草駅に到着しました。開催中は、万博八草でした。2回目の
愛・地球博の時は、この駅を利用して帰りました。藤が丘経由より、
遠回りにはなるが空いているというのが、理由でした。

最後の1枚は、愛知環状鉄道の八草駅です。普段の八草駅は、
人も少なく、ローカルな雰囲気でした。愛・地球博開催中は、実に
10両編成の列車がどんどん行き来し、都会の主要駅のような
様相を呈していたものでしたね。すっかり元に戻った八草駅です。


※2008年7月時点の(第二回目の)、愛・地球博跡地訪問記は、こちらのページをご覧下さい。

※2010年7月時点の(第三回目の)、愛・地球博跡地訪問記は、こちらのページをご覧下さい。

※開催中の、愛・地球博を訪ねた時の記録については、こちらのページをご覧下さい。



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